第5話 店主
日中でも肌寒いと感じる日が増えた。そこでついに蒼はメニューにおかずスープを追加することに。これまで彼女の食事は全て包みに入れ持ち帰れる状態で手渡ししていたが、スープは容器を持参してもらいそれに注ぎ入れることにした。それが普通だと教えてもらったからだ。もちろん曜日を決め、あらかじめ告知しておくことも忘れない。
「おぉ~馬の日はスープですか~! いいですね~! 楽しみだなぁ~!」
グレコが
(具材は多めにしよう! 量があんまりなくて屋台では使えない野菜も多かったし)
曜日はこの世界の人々にとっての身近な生物の名前が取り込まれており、週の始まりから五日目は馬の日と言われていた。蒼にとっての
(ちょっと干支みたい)
本日は豆と肉団子のスープ。甘いものはラスク。
豆のスープはこの国では一般的。それにたくさんの野菜とゴロっとした肉団子が入っている。ラスクはザクザクとしていてちょっと硬めだ。鍋はこちらの世界のものを新調した。やはり家庭用のカレー鍋サイズくらいでは到底入る量が足りない。
(商売やろうと思うとやっぱ物入りよねぇ)
だがこちらの世界の調理器具を見て回るのも楽しい。鍋も見た目ほど重くなく、保温力も抜群だった。これは蒼の知らない、この世界でしか聞いたことがない鉱石が使われているためだ。
(図鑑の知識がいつもの生活とリンクする瞬間って楽しい〜!)
ちょっと高かったが図鑑は蒼がこの世界のモノゴトの知識を増やすのにかなり役に立っている。とはいえ、
『少々古い記録もありますので、その点はお気をつけて』
ブラスから言われたことは忘れないよう記憶に刻んでおく。
(やば……足りるかな……)
スープは決めた通りの分量を注ぐつもりがついついちょっとだけサービス……なんてしていたら、残り数杯が怪しい。売れるほどの量が残っているかどうか……。
「おぉぉ~! こんなに具が入ってんのかい!? こりゃあいい!」
なんて言われたら調子に乗ってもしかたない、と思うのは当たり前だと蒼は考えるのをやめた。まだ昼前だというのに鍋の中の底が見え始めている。
(うーん……今日は三十食は無理だな)
多めに作ってきたにもかかわらずスープがあと少しだ。メインの肉団子は残っているが……。ちょうどお客が途切れるタイミングで蒼の屋台によく昼食を買いにきてくれる薬師の青年がいたので、
「いつもありがとうございます」
と言って、残りの肉団子もサービスしてスープは売り切れとなった。こういう時、店の決まりは自分で作れるのだと実感する。元の世界じゃ万が一バレたら怒られてしまいそうだ。
「わあ! ありがとうございます! 今日はいい日だなぁ」
お客は自身に降りかかった幸運を素直に喜んでくれるし、その後慌ててやってきた鍛冶屋の男性が、
「おいおい! 俺の肉団子が一個少ないんだけど!」
と騒ぐも、
「わっ……すみません! 返金かこっちの
「え!? そんじゃあ甘いものを……なんか悪いな……」
このように、なにかあってもサッパリと解決することが多い。
(
だが同時に責任も全て自分で取らないといけない。
「アオイ~~~!!!」
神殿の門の向こうから見慣れた顔と声が。冒険者がよく持っている円柱型の
「ア、アルフレド!?」
(討伐の依頼で帰ってくるの明日じゃなかった!?)
彼は昨日、泣く泣く街を出ていた。トリエスタから少し離れたところに魔物が出たと報告があり、領主からの指名で依頼を引き受けないわけにはいかず……。彼はどうしても蒼のスープが食べたかったのだ。彼女の家に世話になっていた時、食事にスープ類は頻繁に出てきたが、その後お弁当を貰うようになってもスープはなかった。
蒼もまさかアルフレドがこれほどスープを食べたがっているとは知らなかったのだ、今この瞬間の彼の顔を見るまで。
蒼が見えてからというもの、全速力でこちらにやってきている。それはもう嬉しそうに。
(えええどうしよおおおお!!!)
これから蒼はスープを楽しみにやってきたアルフレドに『売り切れ』と告げなくてはならない。彼女が余計なサービス精神を発揮しなければ今湧いている罪悪感はなかった。
「ただいま! どうしてもアオイのスープ食べたくて気合い入れて倒してきたよ!」
一杯お願いします! と、実に元気な声で飯盒と小銅貨八枚を渡そうとしてくるが、もちろん蒼は受け取れない。
「ご、ごめんね……」
「……え!?」
アルフレドは蓋の開いたままの鍋を見ながら驚くようにポカーンと少しの間見つめた後、
「ハ……ハハ……こっちこそごめんね……そりゃ売り切れるよね……アオイのスープ……」
悲しみを堪え無理やり笑顔を作っていた。
(わ……わぁぁぁぁぁ……!)
それがさらに蒼の罪悪感を煽っていく。
「アオイが最初に食べさせてくれたスープが……これまで生きてきて一番美味しくって……来週は絶対に一番に並ぶよ……」
ショボショボと存在しない耳と尻尾が垂れているアルフレドの幻影が彼女の脳内に浮かぶ。
(しまったな……作ってあげたいところだけど……あのスープの材料はあと二日待たなきゃないし……)
以前作ったポトフの材料は今日のスープで使い切っていた。だがアルフレドは蒼が口を開く前に慌てて喋り始める。
「あ……気にしなくていいからね! 俺のためにまた作ろうとなんてしなくていいからね!」
蒼のことだからきっとまた自分に食事を用意しようと気を回すに違いないとアルフレドもわかっている。彼は最近お弁当も遠慮していた。それどころか、最近は何かと蒼の差し入れも断っている。ただし、蒼の店には毎日やってきて美味しそうに軽食を食べてはいるが。
(レイジーも言ってたけど……アルフレドって壁を作ろうとするというか、距離を取ろうとするとこあるのよねぇ)
蒼だけではない。アルフレドは他の冒険者含め誰とも一定の距離を保っていた。レイジーに言わせると、それでも蒼はかなりアルフレドに近い人間だということだが、それは食べ物のおかげであろうことは彼女もわかっている。
(こういう時は心にレイジーね)
メンタルを強く持ち、ノリで相手を巻き込むのだ。
「ツレないな~~~私が食べさせたいんだよ~! アルフレドの食べっぷり見るの好きだし~~~」
これは本当だ。彼は実に美味しそうに食べる。それにその姿がほんのりと翔にも似ていたので、蒼はついつい彼が食べる姿をガン見してレイジーに茶化されたこともあった。
「え? え?」
突然のレイジーが降臨した蒼の口調にアルフレドは戸惑い気味だ。
「だから~~~今晩食事会にご招待します~~~スープは別物だけど美味しいよ~~~」
(たまにはいいでしょ。一人だと夕飯が適当になっちゃうし)
やはり美味しいと言って食べてくれる人がいる方が蒼も作り甲斐がある。なにより異世界の夜は長い。最近の蒼には本があるのでいくらかマシではあるが。
「い、いいのかな……」
「いいのいいの! 素直に受け取っちゃってよ!」
「ありがとう……!」
その日の夕食は久しぶりに蒼は何品も作った。この世界に馴染むかどうかの縛りもなしだ。
デミグラスソースのハンバーグにちょっぴりスパゲッティ添え、コーンスープにポテトサラダ付き。デザートにプリンまで用意した。それを神殿の倉庫の前に荷車に乗せて出し、ランタンも設置した。さらに椅子を持ってきて、なんちゃって夜店の出来上がり。
「うん。やっぱりたまにはちょっと違うのもいいわね!」
「……美味しい~~~!!!」
相変わらず幸せそうに食べるアルフレドも見れて蒼も大満足の楽しい夜だった。
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