第2話
控室には数人の貴族が集まっており、中には顔の知らぬ者もいたり、明らかに貴族ではない風貌の者もいた。その中に、到着早々にこちらに身を隠したであろうランベール伯爵の姿を見つけ、やはりいてくれたかとほくそ笑む。
きな臭いことこの上ない空間に足を踏み入れたエヴィに一同の視線が向けられた。
「おお、これは素晴らしき方のお顔を見られたではありませんか。ご無沙汰ですな」
ランベール伯爵が颯爽と近づいてエヴィに話しかけてくると、張り詰めた空気が一瞬和らぐ。隣にはクラリネス嬢も控えており、父の後ろを顔伏せて近づいてくる。また、その後ろに彼女よりも一回り程小さな影が、ついてくるのをエヴィは捉えた。
「ご無沙汰しております、ランベール伯。お嬢様とは前回の舞踏会で躍らせて頂きました。ありがとうございます」
「あなたには助けられたよ」
「その節はありがとうございました」
彼女が頬を染め、伯爵の後ろから一歩前に出ると小さな声で礼を告げる。またすぐに後ろに下がろうと足を引くと、後ろにいた何者かにぶつかったのか、蹌踉けてしまう。体勢を整えた彼女は凄まじい剣幕で振り返ると、背後にいた何者かを平手で打ち付ける。
「この愚図!わたくしとは一定の距離を開けるって教えたでしょう、なんて愚鈍なのかしら!」
伯爵が、彼女たちを隠すように前に立ったが、平手に飛ばされ、床に尻をついて項垂れている者を隠すことは出来なかった。
身なりとしては一昔前風、流行りの過ぎた仕立ては使用人にしか着せない風体ではあるが、先日のクラリネス嬢のドレスのこともある。興味本位でその者に近づいて手を差し出すと、顔をあげた彼にエヴィは息を飲む。
瞳は黒々と艶やかに水分を含み、薄く開く唇は化粧を施すまでもなく赤々と色づき、肌は陶器のように白い。まるで人形だ。
陶器のような肌に、打たれた赤がじんわりと広がっているのが勿体ないと思うくらい、その人形は人間としての表情を落としていた。
人形は、自らの手で立ち上がると何事も無かったかのようにクラリネス嬢の後ろへと控える。虚空に浮かぶままの手を引いて、彼の由来を侯爵に問いかけた。
「この者は?」
「ウチの使用人だ。恥をかかせて悪かった」
「それはそれは。……いいえ、こちらこそ失礼、麗しく着飾っているので御子息かと。さすがランベール家ですね、使用人ひとつとっても珠のごとく磨き上げておられる」
御子息、という言葉に反応してか、先日の一件を想起させてか、ほんの少し眉をひそめるが、伯爵はエヴィの笑顔と世辞に対してそれ以上追求することはしなかった。
その後、こともなげに話題を逸らすランベール伯と他愛のない会話を続けていると、本日の主催と侯爵夫人が現れて皆を誘導する。階段を降りると、地下の古い廊下は迷い込むような場所もない一本道となっており、足元を確かに照らすようにランプが等間隔に置かれていた。おそらく、屋敷が建てられる前から存在していた地下道と繋げたのだろう。長らく歩いた一本道の先には、大きな広間があり舞台のような中心部から階段状に客席を配置し、今風の街の劇場のような造りになっていた。
侯爵の奇矯な趣向に参加者たちは思い思いに感想を口にしているが、彼らが着席するのを見届けると、侯爵夫人は舞台袖に消えてゆき、背後の扉が重々しく閉められる音と共にその場はシンと静まり返る。
エヴィは、後方の客席に座ると、一席開けたところにクラリネス嬢が座った。エヴィを見て微笑む彼女に微笑み返し、変わらず付き従うように彼女の背後にいる使用人の彼を盗み見る。
その瞳はクラリネス嬢に向けられているが何も映していないように見えた。エヴィはその人形のような彼がとても気になっていた。喋らず、何も映さず、ただそこにいる。その異質さに興味を惹かれていた。
「わたくしの使用人もここで手に入れましたのよ」
「ほう、巷で流行りの遊びですか?」
「そうなんですの、お人形遊びですわ。この愚鈍より、もっといいモノを手に入れてステラ様に目にもの言わせたいんですの」
クラリネス嬢と踊った、前回の舞踏会主催の公爵家御令嬢ステラもこの「奴隷」遊びには一枚嚙んでいると。なるほど。そして、この間の仕返しにもっと良いお人形を手に入れたいということか。くだらないが、少し加担してやろうという興は乗った。
「クラリネス様、ひとついいでしょうか」
「なんですの」
地下の照明が落とされ、舞台にのみスポットライトが当たる。
「今日の出物の中から、一番にお気に入りになられた奴隷をあなたへの贈り物にしましょう。それと、もう一つ。私の力を少しだけお貸ししますので、対価にその使用人を頂けませんか?」
「この子を…?」
「そうです、見目の麗しい奴隷がいましたら、その使用人は不要でしょう。捨てるなら私の仕事を少し手伝ってもらおうと思いまして」
社交界において捨ておく者もいないエヴィからの直々の贈り物。高揚したように体を大きく近づけて、クラリネス嬢が言う。
「それは……いいですけれども、伯爵のお力とは?」
二人はそのまま耳打ちをすように声を潜めて、話を続ける。舞台上には、檻に閉じ込められた奴隷たちが次々に運び込まれ、もうすぐ競りのような催しが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます