七つの物語 嫉妬編

@poqco

第1話

私のモノなのよ!

あの子の方が可愛いのが許せないわ

先に好きになったのは俺なのに

俺の手柄を奪いやがって昇進したのが妬ましい


「はは、今日も醜い醜い」

レヴィは、読んでいた新聞から顔を上げて道行く人を眺め、蔑むように笑う。

一見は平和そうに見える人々の、会話に混じりあう妬みや嫉みの声を拾い上げてしまう男は、七つの罪「嫉妬」を管轄している。

嫉妬の声は、レヴィにとって娯楽である。時折こうして人界に上がっては、声がよく聞こえそうな場所に足を運んでいる悪趣味な男だった。

本日も、嫉妬の炎に焼き付くされようとしている人を探しては、ほくそ笑み、見込みがあれば下界へと堕とそうと画策するのだった。

嫉妬渦巻く場所と言えば社交会である。舞踏会で舞う蝶たちの間を縫うように渡り歩いたり、サロンで貴婦人や紳士たちと語り合ったり、ありとあらゆる場所に出没しては、両性問わず下界への入口を開いて誘うのだ。

タウンハウスに移ってきた侯爵夫妻からの招待によって伯爵に扮したエヴィは、見栄えだけはいい張りぼての馬車で屋敷に乗り付け、出迎えた家令に招待状を見せる。嘘の家名を高らかに告げた家令を背に軽やかな足取りで会場へと赴く。

眼前に広がるボールルームは、艶やかな装飾が施され耳に届く音楽も心地いい。

「さすがは、侯爵夫妻」

微睡むような声色に微笑みを浮かべ、集う人々に視線を移す。

華やかなドレスを纏い、派手な扇で口元を隠していてもその醜悪な性分は隠せてない貴婦人方、ふんだんに刺繍をあしらったコートから曲線美を魅せるように伸びる脹脛をひけらかして、主催の侯爵夫妻に恭しくお辞儀をしているが、其の実何を企んでいるかわからない笑みを湛えている紳士方、今日も愉快な一日が始まりそうだ。

「本日はお招きありがとうございます」

エヴィも他の招待客と同様に、侯爵夫妻へ挨拶をすると、侯爵がエヴィの姿に目を輝かせた。

「来てくれたか、歓迎するぞ」

他の貴族の催しには参加せずに、真っ直ぐとこちらに訪れたことに気づいたのだろう、侯爵の機嫌はさらに良くなる。

「何をおっしゃいますか、招待頂き光栄です」

「ゆっくり楽しんで行ってくださいませ」

そんな侯爵の姿に、夫人も乗っかるように歓待の言葉を告げると、目配せした侯爵に頷きその場を去る。

「本日のサロンは特別だぞ」

「おや、それは楽しみですね……」

侯爵はやや声を落とすと、エヴィの耳元で囁く。近頃廃止の動きが強まる古典的な「奴隷」の売買を行うと。

人間はどうして自分より下を作っては使役するのを好むのだろう。人間が人間を使役できると思うなど、驕りでしかないのに。貴族同士の虚栄心のため存在する奴隷に憐憫の情が掠める。他の人の奴隷よりも美しいだの、優れているだの、くだらない日常の暇つぶしの一つに過ぎないその行為に吐き気を感じたが、笑顔を貼り付けたエヴィの表情からは、そんな思いなど一切読み取ることは出来ないだろう。

「なるほど。それはスリルのある催しですね」

「別室の大部屋にて他の参加者も集まっているが、君も一枚噛まないか?」

侯爵のその微笑みも、はたから見たら和やかな会話をしているようにしか見えないであろう。

この古狸、何度となく人心を掴む噂を流しては、自分の優位性を上げて、ここ数年王室との繋がりと地位の獲得をしている。夫人は社交界の顔として公爵夫人の傘下に入り込み数々の貴族の弱みを握っており、逆らってはいけない貴族としてのし上がってきた。その手伝いにいくらか手を貸したことがあるというだけだが、少なからず弱みを握られているという自覚からか、仲間に引き込もうとしているのだろう。

そんな貴族の醜いところすら、エヴィは「愉快」の一言で片付けてしまう。

そう、エヴィも暇なのだ。

人間が人間で暇を潰すのと同じように、罪という意識体の存在として、誰にも侵されることのない上位者として、人を使った遊びに興じているのだった。

エヴィは、ゆっくりと肯定の意で頷くと、侯爵が満足そうに「分かってるじゃないか」と含み笑いをした。

二、三言話したあと、侯爵から離れると待ってましたと言わんばかりの、貴婦人たちがエヴィを取り囲む。

「本日は、どなたかと踊られるの?」

声をかけてきた一人は、モレーン伯爵の一人娘だった。この娘、エヴィに懸想しているのが態度にだだ漏れで、幾度も瞳を瞬きさせ、頬を染めて近寄ってくる。

エヴィはやんわりと距離をとりつつ、手を差し出してダンスへ誘うと、小さく歓喜の声をあげて、娘はその手を取った。

娘の手を握りホールドすると、背の低い彼女の頭がぐっと近寄り、目と目が合うように上げられた顔は至近距離となる。

唇には鮮やかな赤紅色が咲き誇り、すっと伸びた鼻先は控えめに上を向いていた。

「踊れて嬉しいですわ」

猫なで声で、エヴィに体重を預けてくる彼女に鬱陶しさが募る。目立つ行為を避けるため仕方なく手を差し出したが、一曲の長さを共に過ごすには苦痛が勝ちすぎる選択だったかもしれない。

「こちらこそ」

舞踊に付き合う間、鬱陶しいなどとはおくびにも出さず、口角を緩やかに上げて返事をすれば、ほんの少しだけ伏せられる彼女の睫毛。

「この間の舞踏会では、一人と踊ったきり出て行ってしまわれたから……出ていかれたあとのクラリネス様ったら、哀れでしたのよ」

一瞬、クラリネスの名前に覚えがなく、眉をひそめたが、すぐに前回の舞踏会で踊ったランベール伯爵の娘だと思い出す。

「おやおや、何かあったんでしょうか」

「主催を押しのけて、あなた様と踊ったのだから、それはもう酷い叱られようでして。可哀想に、しばらくあそこの界隈には顔を出せないでしょうね。なので今夜は私、お父さまに口利きをして……」

続きを紡ごうと口を開きかけたが、エヴィにとって果てしなく長く感じられた一曲がようやく、変わったことに気づいた娘は、幸せな時間とはなんと速いものでしょう、と体を離して扇を広げ、私ったら少々過ぎましたわ。と名残惜しげに礼をとると、足早にその場を去った。

扇の向こう側から目配せを送ってくる貴婦人方に捕まらないように、エヴィはその場を立ち去り、控え室へと足を向ける。ランベール伯爵の経済状況は芳しくないと聞く。おおかた流行りおくれのドレスを着ていたのを突かれ、マナーのひとつも教えて貰えなかったのかと伯爵家の家庭事情まで言及されたのだろう。

さぞ、落胆し足掻いているだろうと期待が高まる。ランベール伯爵家、の名前が先ほどボールルームに響き渡って耳に届いたのを思い出し、口元に笑みを浮かべた。

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