憧れの人 エピソード5

「貴様…なぜそれを知っている!」


「だから言ってるじゃん。全部この目で見たからだよ」


「ゾ、ゾルさん…」


「ロクザンの癖に人間の女なんかに惚れるからだ。魔法の使えない弱っちい人間が、ロクザンと生きられるわけがない」


「黙れ!彼女の話は出すな!全ては過去のこと、関係ないだろう!」


「ふーん。まぁかっこつかないもんね。今や騎士団長ともあろうお人が人間一人も守れなかった話なんて」


「…今、この場で貴様を消す」


「あー…やめやめ。感情で戦うあんたは弱い。…しょうがないから今はこの子諦めてあげる」


リゼンさんは僕の肩をゾルさんに向けて勢いよく押した。


「また今度、本気で戦える時に殺し合おうね、団長さん」


「おい、待て!!」


そう言ってリゼンさんは消えてしまった。

俺たちを助けて、ってなんのことだったんだろう。

それも気になるところだが、今は目の前で息を切らすゾルさんが僕の意識の全てだった。


「ゾルさん、大丈夫ですか!?すぐに治療を…!」


「必要ない。…情けない姿を見せた。忘れろ」


顔についた煤を拭いながら言葉を紡ぐゾルさんの瞳は揺らいでいた。


「情けなくないですよ」


「何を言う。騎士団長ともあろう者が、ヴォイド一人の言葉に翻弄され、押された」


「昔のことを言われたらどうしようもないですよ。…それにしても、ゾルさんにもお相手がいらっしゃったんですね。びっくりしました」


「…あぁ。人間だったがな」


ポツリと呟くゾルさんはどこか遠くを見ていて、懐かしい記憶に思いを馳せているように思えた。


「ちょっと意外です。ゾルさん、いつも人間さんのことも厳しく言うから、てっきりあまり好きではないのかとばかり」


普段、ゾルさんは人間さんに厳しい。先程までリゼンさんに放っていた言葉たちと同じように、厳しい言葉をかける。


「厳しく言うのは当たり前だ。人間は魔法が使えない。この魔法で成り立つ街で生きる以上、我々ロクザンの力を借りて生活しているのだから、それ相応の態度である必要があるだろう。…それに立場上、言うことが必要な言葉もある」


「そうですよね。…あの、ゾルさん。寿命、のことは」


「お前が気にすることはない。私はまだ生きる。生きて騎士団をまとめなければならない」


…一蹴されてしまった。

でも、それでこそゾルさんだとも思う。

だって、残りの命を惜しむゾルさんは想像できない。

彼は騎士道を重んじる。街の貴族や城の王族には忠誠を尽くし、誇りを胸に義を掲げる。

どんな時も正しい判断で、正義を見誤らない。それが僕の憧れるゾルテノという人だ。


「あの、さっきは助けてくれてありがとうございました」


「助けてなどいない」


「え、でも」


「私はあのリゼンバートという男が目障りだっただけだ。そこにお前がいただけのことだろう」


「ゾルさん…。やっぱり、あの時と変わらない。貴方は僕の憧れです」


「なんのことだ」


「覚えてますか?僕、子供の時、貴方に助けてもらったんです」


「覚えていない」


「ですよね。ゾルさんはたくさんの民を救ってますもん。子供一人なんて覚えてませんよね。…でも、僕、その時見たゾルさんがかっこよくって、騎士団に志願したんです」


「そうか」


「ありがとうございました。本当に」


「…子供一人によってたかる大人はみっともない。そう思っただけだ」


「え!?ってことはやっぱり覚えて…!?」


「知らん」


「ゾ、ゾルさん!」


知らん、と顔を背けるゾルさんは、僕には少しだけ笑っているように見えた。


「お前は救護班に戻れ。私は向こうで戦う者たちの援助に向かう」


「分かりました。お気をつけて」


「お前の薬は国一番だ。…民を救え。カルネラ」


「っ…!!はい!!」


ゾルさんはきっと、嫌われ者だ。騎士団員たちにはとても好かれているし、

皆の憧れの的と言っても過言じゃない。でも、人間さんたちやヴォイドからしてみれば、ゾルさんの言動は厳しいしちょっと怖い。

でも、ゾルさんが今までに救ってきた命は数えきれないだろうし、あの方が僕の憧れなのは今後一生変わらない。かっこいい騎士団長。


魔法騎士団救護班リーダー、カルネラ・アルトニア。

貴方様が国一番と言って信頼してくださるのなら。

僕は、その期待に応えて見せましょう!

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