憧れの人 エピソード3

「わぁ!?」


リゼンさんが呪文を唱えた次の瞬間、僕たちは戦いの渦中にいた。

たくさんの民が倒れ、死に絶えている。

手足が欠けている者、臓器が見えている者。どうやら狂った者に引き裂かれたであろう人々の残骸が一面に広がっていた。


「酷い…まだ生きていたなら、僕が治療できたのに…」


僕は、これでも救護班のリーダーだ。飲み薬や塗り薬の調合も、回復魔法も、なんだってできる。どんなに複雑な調合も必ず成功させるし、強力な回復魔法だって習得してる。

今だって、肩から下げている鞄には薬が入ってるのだ。

確実に救えた命が無残な姿で目の前にあるのを見るのは辛い。痛い。苦しい。


「ゔゔゔゔゔゔ」


狂い、理性を失った者は次々と民を襲う。

街中には、そんな者たちを止めるために戦う騎士たちの姿があった。


「どう?酷い状況だと思うでしょ?」


「酷いと思うなら、どうして止めな」


「あぁーちょっと黙って」


リゼンさんは強引に僕の言葉を止めて、耳元で囁いた。


「あんたに提案があるんだけど」


「提、案?」


「俺たちヴォイド側につかない?」


「え…?」


「あんた、腕のいい医者なんでしょ?俺たちを助けてくれたら、もう街の侵略はやめてあげるよ」


「助けるって…どう言うことですか?」


「それは…」


「レーヴ」


「!?」


背後から聞こえてきたのは魔法の呪文。あまりの眩しさに目を閉じた。


「貴様、何をしている」


「え…ゾ、ゾルさん!」


目を開けた瞬間、僕の前に立っていたのは団長だった。


「団長さんじゃん。まだ立ってられるんだ」


魔法によって弾かれたリゼンさんは、よろよろと身体を支えながら立ち上がった。

その顔にはまだ余裕の微笑みを浮かべている。


「魔法騎士団を甘く見るな。我々は貴様らのような下等生物の下に倒れなどしない」


「うわぁ、相変わらずの言われようだな」


「ゾルさん、僕のことはいいので街の皆さんを!」


「何を言う。私は騎士道に準じ、正義のもとに戦う。これはお前のためではない」


そう言い放つゾルさんの背中は、大人たちにいじめられていた幼い僕を助けてくれた、あの日の背中と変わらない大きくて優しい背中だった。


「反吐が出るな、そういうの。何が正義、何が騎士道だよ。人間のことなんか助けない、ロクザン贔屓の騎士様が」


「黙れ。我々は人間もロクザンも等しく救助する。贔屓など虚言だ」


「あぁそう。でも俺はあんたたちに見捨てられた人間をたくさん知ってる。今だってそうでしょ?人間の民を捨てて、そいつを助けに来てる。どこが虚言なのさ」


ゾルさんが静かに剣を抜く。


「リゼンバート・アーデンハイム。貴様、よほど殺されたいようだな」


「殺せるなら殺してみなよ。ゾルテノ・レオドロス団長?」


リゼンさんとゾルさんの戦いが始まる。二人とも呪文を唱え、ゾルさんは剣に魔法を、リゼンさんは大鎌に呪いを宿して戦闘体制に入った。

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