憧れの人 エピソード2
「なんてこと…」
なんとか滑り込んだテントの中では、大勢の騎士たちが横たわっていた。
全員、想像以上に深い傷を負っている。
僕は今になって初めて、ことの重大さに慄いた。
「動ける者は私に続け!救護が必要な者は直ちに救護班へ!」
テントの外で団長が叫ぶ指示通り、僕の元へ負傷した騎士たちが運び込まれてくる。
「カルネラさん、よろしくお願いします」
恐れている暇はない。ここは戦場。わかっている。
「は、はい!任せてください!貴方も気をつけてくださいね」
仲間を運んで来た騎士は団長と共に前線へ走って行った。
テントの外からは、街が崩れる音と共に人々の叫び声がする。
助けて、嫌だ、死にたくない。
そんな言葉が飛び交い、人々は逃げまどう。
緑があふれ、民たちが笑って往来する、美しかったこの街は一瞬にして瓦礫の海になっていた。
「あ“ぁ“ぁ“ぁ“ぁ“ぁ“あ“!!」
ヴォイドたちの力は、人の心の奥に眠る負の感情を弄び、人並外れた狂気を植え付ける。まさに悪魔だ。
「騎士団も地に落ちたもんだな。全滅も時間の問題だね」
「リ、リゼンさん…!?どうしてここに!」
団員の救護を務めている僕の目の前に、彼は突然現れた。
僕たち魔法騎士団は、ロクザンだけで構成されている。エルフのように耳が尖っているのが特徴だが、今目の前で笑うヴォイドの彼も耳が尖っている。しかし、ヴォイド特有のツノ。それもしっかり頭に生えていた。
ロクザンの特徴を持ちながら、ヴォイドの特徴を持ち合わせている。しかし、人間さんのように魔法は使えない。三種族全ての特徴を網羅する彼が一体何者なのか、疑問が浮かぶ。
「あんたんとこの団長さん、弱くなったよね」
長いポニーテールを靡かせながら楽しそう目を細める彼はとても不気味に思えた。
「ゾルさんが弱くなるなんてありえません!あの方はいつだって強いです!」
騎士団長であるゾルテノさんは、僕の憧れだ。
僕が騎士団に志願したのも、幼い頃に助けてもらったことがきっかけだし、何より強くてかっこいいあの方の背中を僕はずっと追いかけている。
「ゾルさんを悪く言うのは許しません。リゼンさんがこうして笑っている間も、あの方は必死に民を止めようと戦っていますし!」
「ふーん。じゃあ、俺にも戦えってこと?俺が本気出したら、それこそ街の終わりだけど」
「ち、違います!!というか、貴方たちは早くご自分の世界に帰ってください!」
「嫌だね。俺たちの世界は何にもなくてつまらないんだ。今のこの街みたいに、瓦礫と灰だらけの荒廃した世界。そこに何十年も閉じ込められて、やっとまた出て来れたのに」
「どうしてこちらの世界を壊すんですか」
「だって、こっちの世界だけこんなに栄えてて楽しそうなのずるいじゃん。だから壊してやるのさ。壊して崩して、俺たちの世界みたいにしてやるんだよ」
「そんなこと、させるわけがないでしょう」
「もう半分なってるけどね。まぁいいか。俺はあんたに用があって来たんだ」
「な、なんですか」
僕は戦えない。騎士団に所属してはいるものの、あくまで救護班としてここにいるだけだ。
一般のロクザンと比べれば強いものの、この騎士団の団員たちと比べれば魔法は弱いし、力もない。だから数十年前に起きた前回の侵略の時、僕は真っ向からヴォイドと戦って負傷した。
今、その二の舞になるわけにはいかない。
「ちょっと一緒に来て欲しいんだけど」
「ちょ、離してください!」
「大丈夫。殺しはしないよ。…アフィアルティス」
彼は僕の腕を強く掴み、呪いの呪文を唱えた。
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