憧れの人 エピソード1

「これとこれと…あとこれも持とう」


棚からたくさんの調合薬の入った小瓶を取り出し、鞄に入れていく。


「よし。こんなものかな…足りない部分は回復魔法でなんとかしよう」


騎士たちが出払い、人の少ない城の中、僕は救護室を出て玄関口に向かう。

早く街に向かわなくちゃ。きっと大変なことになってる。

外に出た僕は城を振り返り、また絶対に全員で帰って来られるように、と祈った。


ある夏の日、魔法騎士団は戦火の最中にいた。

昨夜、城下街に突然訪れた『狂気の夜』。

民を助けるため、魔法騎士団はすぐに街に駆けつけ、戦闘体制に入った。

僕も今戦場と化した街に向かっている。

前回の侵略から早数十年。今回もまた、甚大な犠牲が出てしまうのだろうか。


この世界には、魔法が使える長命種の僕たち『ロクザン』と、魔法の使えない人間さんの二種族が暮らしている。そして、この世界と繋がるもう一つの世界には、まるで悪魔のような『ヴォイド』と呼ばれる邪悪な存在が暮らしていた。

その二つの世界の境界は、僕たちから無意識に生まれてしまう負の感情の具現化『カケラ』によって、数十年に一度歪んでしまい、世界の行き来が可能になってしまう。

ヴォイドたちはこちらの世界を侵略し、カケラに呪いをかけて、人々を襲う。

それが狂気の夜だ。

ヴォイドたちは呪いの力で街を崩壊させ、人々の理性を奪い、狂わせる。

それを止めるために、魔法騎士団は戦っている。

ヴォイドが現れてからはどれだけ時間が経とうとも、この世界は夜のままだ。

時計塔が示す時刻が朝でも昼でも、空は黒く、街頭の明かりがないと真っ暗になる。


「あれは…!」


街の方の上空に、火柱が立っているのが見えた。煤が舞い上がっていて、負傷者の数を考えると背筋がヒヤリとする。

全て、彼らのせいだ。彼らが一体何を目的としているのか。そもそもヴォイドとは何者なのか。なぜか誰も分からない。

でも、前回もこの惨劇を終わらせたのは僕たち魔法騎士団の団長であり、僕の憧れでもあるゾルテノさんだ。だからきっと、今回も大丈夫。

僕は騎士団の救護班リーダーとして、団員たちを支えられればいい。


「ゔゔゔゔゔゔ!!!」


森を抜けて街に到着した途端、狂わされた民に襲われた。完全に理性を奪われて人を襲うようになってしまったら、もう助けることはできない。

僕たちが助けられるのは、狂った彼らから逃げる、まだ正常なロクザンや人間さんだけだ。

狂ってしまった彼に、ごめんなさい、と通じるはずもない謝罪を口にして、僕は救護班テントを目指した。

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