イエスタデイ

雛形 絢尊

第1話

イエスタデイ



思ったよりも早く朝は明けていた。

吸い殻が3本、目の前に落ちているのを見て空虚な気持ちになった。

電柱にもたれる形で伊賀直次は深く眠りについている。

その横には地べたに寝転がる男、霜山譲。

昨日の夜、何があったのか覚えていない。

思い出せない。

夜明けの街角で3人だけの宇宙に取り残された気がした。


1


人通りが多くなった。

やけに人の目線が気になり出した。目の前の喫茶店の電気看板が光り出した。

浅い息を漏らし、霜山が目覚めた。咄嗟に起き上がり地べたに座った。こちらを見る。

「あ、朝?」

何も言わずに深く頷いた。

まだ電柱にもたれる伊賀は目を覚まさない。

「孝信、寝たか?」

と霜山が問いかけてきたので一睡もしていないことを告げた。

何故、眠りについていないのに昨晩の記憶がないのか。何故、こんな場所で一夜を過ごしたのか。

考えようにも浮かばない問いに頭を抱えていると、声に気づいたのか、伊賀も目覚めた。

さっきまでの街の喧騒が一気に静かになった気がした。

「おはよう直次」

霜山が声をかけると

「今何時?」

遮るように伊賀は言う。

「8時7分」

話に入るように答えた。

「わあ、まじかよ」

と、何かにショックを受けたのか驚いていた。

「昨日のこと覚えてるか?」

いつの間にかやっぱり気になることを口に出していた。

「なんも覚えてない」

伊賀が答え、続くように霜山も頷いた。

だよな、と声を漏らし、通りすぎる人々に目を向けた。

昨晩のこと、何故こんなに頭を埋めてしまうのか。

「一軒目、だけだったよな?」

思い出したかのように伊賀は言う。

「確かそうだった」

続いて霜山も頷きながらそう言った。

「一軒目、行ったら思い出すかも」

思いついたように声をかけた。

「やってるか、こんな朝から?」

霜山に言われたものの、この気になる感情をどうにかしたい、その気持ちが勝る。

「あそこの2階の井端屋だったよな」

居酒屋の名前である。

「店が開いてないとしても、何かがわかる」

そう思ったのが間違いだった。


2


徒歩2分のところにある井端屋に辿り着いた。

細い階段の先には暗闇が見える。

4階建てのビル、薄汚れた壁。

なんの躊躇もなく霜山が階段を登り始めた。

続いて伊賀も登り始めてから、歩みを進めた。

階段を登り終えると、店までは大きな空間があり、

その場所で立ち止まると、店自体がなかったのだ。

咄嗟の展開に驚き、目を泳がせると、看板も暖簾もなく、跡形もなく扉だけが目の前に残されていた。

扉には反対側から見ることを遮断されてるかのようにダンボールが扉に貼り付けられていた。

確かに昨日、この階段を登りこの店に来た。

奥にあるはずのトイレの手前、4人掛けの席に座っていたはず。ここに来て思い出した。

「昨日来たはずだよな」

空っぽになった空間で伊賀が声を漏らした。

「来たはず、必ず来たはず」

続いて霜山も焦ったように言う。

どういうわけだか、変な汗が出てきたような気がした。

音を消されたようなこの場に、ある物音が聞こえた。

扉の向こうに誰かいる、しかもこちらへと向かってくる音が。

何も出来ずに立ちすくんでいると、引き戸の扉が鍵を開錠する音と共にこちらへ向かって開き始めたのだ。

そこには40代半ばほどの男性がいた。

「あんたら何してる?」

そう言われるとは思っていたが、案の定何も答えられずにいた。

「あんたら、未来から来たんか?」

疑問の限界値が達したように

無言の宇宙が生まれた。

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