第17話「月光の守護者」
真夜中の鐘が鳴り響く瞬間、カリシア・ムーンライトは息を呑んだ。祖母の遺品である不思議な鍵が、まるで生き物のように脈打っていたのだ。銀色に輝くその鍵は、カリシアの掌で温かさを帯び、彼女の心臓の鼓動と同調するかのように光を放っていた。
「これが、祖母の言っていた"運命の時"なの……?」
カリシアは呟くと、深呼吸をして屋敷の最上階にある古い扉に向かった。階段を上る足音が、静寂を破る。彼女の心臓は、期待と不安で高鳴っていた。
扉の前に立つと、カリシアは躊躇なく鍵を差し込んだ。
カチリ。
軽やかな音とともに、扉が開いた。そこには、想像を絶する光景が広がっていた。
三つの月が天空を彩り、紫色の草原には蝶の羽のような葉を持つ木々が生い茂っていた。遠くには、水晶のような尖塔を持つ城が、オーロラのような光に包まれてそびえ立っていた。空気は甘い花の香りで満ちており、カリシアの肌に心地よい風が吹き抜けていった。
「まさか、本当にあったなんて……」
カリシアは目を見開いて、その光景を飲み込むように見つめた。祖母の語っていた伝説の異世界、ルナリア。それが、目の前に広がっていたのだ。
彼女は恐る恐る一歩を踏み出した。その瞬間、背後で扉が大きな音を立てて閉まった。驚いて振り返ると、扉は跡形もなく消えていた。
「どういうこと……?」
戸惑いながらも、カリシアは前を向いた。すると、彼女の目の前に一人の少年が立っていた。銀色の髪をなびかせ、澄んだ紫色の瞳で彼女を見つめている。その瞳には、幾星霜もの時を経た者の深い智慧が宿っていた。
「よく来たね、カリシア・ムーンライト」
少年は穏やかな笑みを浮かべた。その声は、まるで星々の囁きのように神秘的だった。
「あなたは……誰?」
「僕の名前はルナエル・スターダスト。君を待っていたんだ」
ルナエルは、カリシアに手を差し伸べた。その手から、星屑のような光が漏れ出ていた。
「待っていた? どういう意味?」
「君は、ルナリアの救世主だよ。我々は何百年も君の到来を待ち望んでいたんだ」
カリシアは困惑した表情を浮かべた。彼女の中で、現実感と非現実感が激しくぶつかり合う。
「私が……救世主? 冗談でしょう? 私には何もできない……」
「そうじゃない。君の血には、ルナリアを救う力が眠っているんだ。君は"月光の守護者"なんだよ」
ルナエルは真剣な表情で語った。その瞳には、希望の光が宿っていた。
「でも、私はただの普通の女の子よ。特別な力なんて……」
「そうじゃない。君の中に眠る力を、目覚めさせるんだ。ルナリアは今、闇の力に蝕まれているんだ。君の力が必要なんだよ」
ルナエルはそう言うと、カリシアの額に軽く指を当てた。
突然、カリシアの体が月明かりのような光に包まれた。彼女は驚きの声を上げる間もなく、意識が遠のいていくのを感じた。その中で、彼女は自分の内なる力が目覚めていくのを感じていた。
……
「カリシア! カリシア! しっかりして!」
声が聞こえる。見覚えのある声だ。
カリシアはゆっくりと目を開けた。そこには心配そうな表情の母親の顔があった。
「よかった……気絶してたのよ。大丈夫?」
カリシアは混乱しながら周りを見回した。そこは彼女の部屋だった。ベッドに横たわっている。窓から差し込む月明かりが、部屋を銀色に染めていた。
「私、ルナリアに行ったの……」
「何を言っているの? あなた、熱でうなされていたのよ」
母親は優しく微笑んだ。しかし、その目には何か秘密を隠しているような影があった。
「でも……」
カリシアは右手を見た。そこには、祖母の鍵が握られていた。鍵は、かすかに温もりを帯びていた。
「あら、その鍵……祖母の形見ね。久しぶりに見たわ」
母親はそう言って部屋を出て行った。その背中には、何か言いたげな雰囲気が漂っていた。
カリシアは鍵を見つめ、先ほどまでの出来事を思い返した。夢だったのか、現実だったのか……。しかし、彼女の心の中には確かな変化があった。自分の中に眠る力の存在を、はっきりと感じていたのだ。
そのとき、鍵が月明かりを受けて、青白く光った。カリシアの手首には、蝶の羽のような模様が浮かび上がっていた。
カリシアの唇に、決意に満ちた笑みが浮かんだ。彼女は窓辺に立ち、三日月を見上げた。
「ルナリア……私は必ず戻ってくる。そして、あなたを救ってみせる」
彼女の瞳に、月光のような光が宿った。カリシア・ムーンライトの物語は、まだ始まったばかりだった。
(了)
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