第12話「司書とある老婦人」(現代ファンタジー)

 木乃葉このはは司書として働き始めて5年になる。大学で文学を学んだ彼女にとって、図書館は居心地の良い場所だった。利用者一人一人に寄り添う姿勢は、いつしか町の人々から信頼を集めるようになっていた。


 そんなある日の昼下がり、一人の老婦人が窓口にやってきた。深い悲しみに暮れた表情で、こう切り出した。

「あの……私は、もうすぐ世を去るのですが、亡き夫に会わせてくれませんか?」

 夫を先月亡くしたばかりだという。受け入れられずにいる、とも。

 戸惑う木乃葉だったが、司書の仕事とは関係ないと突き放すことはできない。利用者の心に寄り添うのが、彼女の信条だった。


 悩んだ末、木乃葉はあることを提案した。

「では、図書館で、お二人の思い出の場所を作ってみませんか」

 老婦人を案内したのは、図書館の一室だった。そこには夫の遺影と、夫の好きだった本が並べられている。本を通して、夫との思い出に浸ってもらおうと考えたのだ。


 老婦人は、夫が愛読していたある一冊の本を手に取った。二人で出会った頃、夫がプレゼントしてくれた思い出の詩集だった。

 ページをめくりながら、老婦人は夫との馴れ初めを静かに語り始める。

「この詩を読んで、主人に惹かれたのよ……」

 木乃葉は黙って耳を傾けた。やがて、老婦人は目を閉じ、ぽつりとつぶやいた。

「あなた……私も、もうすぐ行くからね」

 そのまましばし目を閉じている。その表情は、穏やかで満ち足りたものだった。

 ふと顔を上げた老婦人は、木乃葉に微笑みかけた。

「ありがとう……今、主人に、会えたわ」


 数週間後、老婦人から一通の手紙が届く。

「あの時は本当にありがとうございました。おかげで主人に最後のお別れができました。司書という仕事は、本だけでなく人の心にも寄り添うものなのですね。木乃葉さんのような司書がいてくださって、本当によかった」

 手紙を読んだ木乃葉の瞳が、熱くなった。改めて、この仕事に就けたことに感謝の念が沸き上がってくる。

 司書という仕事を通して、人の人生に少しでも寄り添えたなら―― そう思えた瞬間だった。


(了)

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