第10話「幻影のログアウト」(SF)

◆クラスメイトは、みんなNPC?


 春風に舞う桜の花びらが、高校の校門に降り積もっていく。

 

 2年A組の教室。担任の村上先生が出席を取っている。


「佐藤」


「はい」


 ヒカルは返事をしながら、ふと違和感を覚えた。


(なんだろう……。みんな、いつもと同じなのに。)


 クラスメイトの仕草、先生の話し方。すべてが既視感に満ちている。まるで、繰り返し再生される映像のように。


 そんな違和感を払拭するように、ヒカルは首からぶら下がる水晶のペンダントを握りしめた。昨日、古びた骨董品店で見つけたものだ。なぜか懐かしさを感じて購入したのだが……。


「気のせいだよな」


 自分に言い聞かせるように呟いた。


◆バグった世界の片隅で


 放課後、ヒカルは帰り道で親友の田中ユウキと話していた。


「な、何だって!? ユウキ、お前……彼女できたのか!?」


「うん、実は昨日告白されてさ。」


 ユウキの話を聞きながら、ヒカルは違和感を覚える。


(昨日? でも昨日、ユウキは一日中オンラインゲームしてたはずじゃ……。)


 その時、突如として世界が歪んだ。一瞬だけ、街並みがワイヤーフレームのように透けて見えた。


「うわっ! い、今の……見なかった?」


「何が? 大丈夫か、ヒカル?」


 ユウキは何も気づいていない様子だ。


(僕だけ? 幻覚かな……)


 不安を抱えながら、ヒカルは家路についた。


◆現実のバグ、夢のデバッグ


 その夜、ヒカルは奇妙な夢を見た。


 無限に広がる草原。空には二つの月。


「ここは……。」


 懐かしさと共に、強烈な既視感が襲う。


「勇者様、お待ちしておりました」


 振り返ると、銀髪のエルフの少女がいた。


「キミは……ルナ?」


 名前が自然と口をついて出る。


「はい、勇者様のお伴をさせていただきます。」


 ルナと共に歩き始めると、世界の歪みが顕著になっていく。空がグリッチし、地面がポリゴン化する。


「これは……ゲームの世界?」


 ヒカルの問いかけに、ルナは悲しそうな顔をする。


「気づいてしまったのですね。実は、この世界は……。」


 その時、強烈な光に包まれ、ヒカルは目を覚ました。


◆リアルとバーチャルの境界線


 朝。目覚めたヒカルの頭には、夢の記憶が鮮明に残っていた。


(あれは、ただの夢じゃない)


 学校に向かう道すがら、世界の歪みはより顕著になっていく。道行く人々の動きが、まるでNPCのように不自然に感じられる。


 教室に入ると、クラスメイトたちが一斉にこちらを向いた。


「「「「「「「「おはよう、プレイヤー」」」」」」」」


 ヒカルは凍りつく。


(これは……ゲーム? それとも現実?)


 混乱する中、ペンダントが熱を帯びる。握りしめると、世界が砕け散るように崩れ始めた。


◆ログアウトの向こう側


 目を開けると、そこは見慣れぬ部屋だった。体中に無数のワイヤーが繋がれている。


『システム異常です。VR機器を強制停止します。』


 機械音と共に、ワイヤーが外れていく。


「これは……。」


 記憶が蘇る。ヒカルは被験者として、次世代VRゲーム『エターナル・ワールド』のベータテストに参加していたのだ。


「実験は成功しました、佐藤さん。」


 白衣の研究者が近づいてくる。


「あなたは、完全没入型VR世界で1。その間のメモリーは、現実と区別がつかないほどリアルだったはずです。」


 ヒカルは愕然とする。学校生活も、ユウキとの友情も、ルナとの冒険も。すべては作られた記憶だったのか。


「じゃあ、僕は……」


 言葉につまるヒカルに、研究者は優しく微笑んだ。


。体験したことは、たとえ仮想現実であっても、れっきとした経験なのです。」


 ヒカルは首元のペンダントに触れる。それは現実世界とのリンクを保つための装置だった。


「これから、あなたの体験を基に、より良いゲームを作り上げていきます。協力してくれますか?」


 研究者の言葉に、ヒカルは深く考え込む。現実とゲーム。記憶と経験。その境界線が曖昧になった今、自分には何ができるのか。


「はい……。でも、一つ条件があります。」


 ヒカルの目に、決意の色が宿る。


「ルナに、もう一度会わせてください。」


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る