第6話「瞳の中の宇宙」(SF)

 その日、私は人生で最も奇妙な体験をした。


 朝、いつものように目覚めると、妻のユミコの姿が見当たらなかった。リビングに向かうと、そこには見知らぬ女性が立っていた。


「あなた、おはよう」


 彼女は私に微笑みかけた。


「えっ? あなたは……いったい誰ですか?」


 私は困惑して尋ねた。


「何言ってるの? 私よ、ユミコ」


 女性は首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべた。


「いや、でも、あなたは……」


 私は言葉を失った。目の前にいる女性は、確かにユミコではなかった。しかし、彼女の仕草や話し方は、まぎれもなく妻のものだった。


「大丈夫? 顔色悪いわよ」


 彼女は心配そうに私の額に手を当てた。その仕草、その温もりは、間違いなくユミコのものだった。


「ちょっと、鏡を見てもらえますか?」


 私は震える手で鏡を差し出した。


「どうしたの? 私、いつもと同じよ」


 彼女は鏡を覗き込んだが、何の変化も感じていないようだった。


 私は混乱した。妻の意識は確かにそこにあるのに、外見が全く違う人物になっている。これは一体どういうことなのか?


 その日から、私の奇妙な日々が始まった。毎朝目覚めると、ユミコの外見が変わっていた。若い女性になったかと思えば、次の日には中年の男性に。時には子供や老人の姿さえ見せた。しかし、その中身は常に変わらないユミコだった。


 私は必死で原因を探った。医者に相談しても、「あなたの奥さんに何の問題もない」と言われるだけだった。周囲の人々も、ユミコの変化に気づいている様子はなかった。


 ある日、私は気づいた。ユミコの目だけは、どんな姿になっても変わらないのだ。その瞳の奥には、いつも見慣れた宇宙が広がっていた。


「ユミコ、君の目……」


 私は思わず口にした。


「どうしたの?」


 その日のユミコは、金髪碧眼の外国人女性の姿をしていた。


「君の目だけが、いつも変わらないんだ。その中に、僕たちの世界がある」


 ユミコは満足そうな表情を浮かべた。


「やっと気づいたのね」


 彼女の声は、柔らかく響いた。


「実は、私たちは……」


 そこで彼女の言葉は途切れ、世界が光に包まれた。


 目を開けると、そこは見慣れない白い部屋だった。ユミコが隣にいたが、彼女の姿は透明で、輪郭だけがかすかに光っていた。


「ここは、シミュレーション施設よ」


 ユミコの声が響いた。


「私たちは、愛の本質を探る実験に参加していたの。外見や性別、年齢を超えて、本当の絆を見出せるかを」


 私は呆然と周りを見回した。全てが夢のように思えた。


「でも、あなたは気づいてくれたわ。私の目の中にある、私たちの世界に」


 ユミコの姿が徐々にはっきりとしてきた。


「これで実験は終わり。私たちは、愛の真髄を見つけたのよ」


 彼女は優しく微笑んだ。その瞳に映る宇宙は、かつてないほど輝いていた。


 私たちは手を取り合い、新たな世界へと一歩を踏み出した。そこでは、形や姿かたちを超えた、本当の絆が待っていた。


(了)


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