第10話 奈落 ヨン

 特殊強化魔獣。


 それは、何かしらの要因がきっかけとなり、新たな力を獲得した個体。特に大気中の魔力含有量の多い地域で発生することが多いとされているが、詳しい理由は不明とされている。


 ひとたび発生すれば、帝国お抱えの帝宮魔導士と騎士団総出で討伐されるほどの『災害』に匹敵する生物。


 そんな『生物災害』である存在が今、静かにヨミヤの前で息づいていた。


「やってやるよ………ッ!!」


 もちろん、そんなことを知らない少年は、生存をかけて、真正面から『災害』に挑む。


「小手調べだ………!!」


 最初は四つの火球からの熱線。小さい炎の球体から発射されるレーザー。それらは、無防備な『鉄踊り』の身体に命中し―――されど、貫通することなく魔法の効力を終える。


「避けることすらしない………か」


 今までの岩トカゲ達とは違う見た目から試してみたヨミヤだったが、歯牙にもかけられていない事実に衝撃を受けている。


 一方で、『鉄踊り』は新たな動きを見せる。


 『鉄踊り』の皮膚から離れたサッカーボールほどの鉄の塊が、複数、空中を漂い始めたのだ。


「ッッ!!?」


 そして、次の瞬間には、無数の鉄の針が浮遊する鉄塊から放たれたのだ。


 息を飲んだヨミヤは、右足の力のみで、全力で横へ飛ぶ。横腹を鉄針に少しだけ抉られるが、痛みを無視して、無様に転がりながら付近の岩の影に隠れる。


「………止んだ?」


 やがて、岩に突き刺さる鉄針の音が止んだのを感じ、動き始めようとするヨミヤ。


 モゾッ………


 しかし、聞きなれない『異音』に動きを止めて、少年は音源の方を振り向く。そこには―――


「………そんなことも出来んのか!!?」


 飛ばされた針が集結し、一本の剣を形作っていた。―――その剣はやがて、浮遊し、回転ノコギリと化して、一直線にヨミヤに殺到した。


「クソッ!!」


 今度は全力で地面に倒れ伏すヨミヤ。その頭上を、風切り音を立てて剣が通り過ぎた。


「せめて足さえ無事なら………!!」


 全身の力を込めて、剣を杖代わりに立ち上がる。今度は、その位置を、上空から鉄の槍が飛来する。


 己が居た箇所に、突き刺さった槍を見て、背筋が凍るヨミヤだが、立ち止まっている暇はない。今度は前と後ろから、極厚の鉄板が少年を圧殺しようと迫る。


 それを、杖を突きながら、なんとか回避する。


「手数が―――」


 『多すぎる』という言葉の続きは、しかし、息が続かず発することができない。


 多種多様な攻めが、予想もしない形で押し寄せる現状は、少年に嫌でも『死』を予感させた。


 そして、ついに―――


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 鉄の針が、ヨミヤの右の太ももを撃ちぬいた。


 たまらず地面に崩れる少年。『死』はそれでも、容赦はなかった。


 地面にうずくまる少年に、上空から無数の針が迫っていたのだ。


―――オレは、こんな所で…………………!


 『死』は、そんな彼に、ほんの少しだけ時間を与えた。


 『走馬灯』という空白を。

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