第4話 経緯 サン

 『帝都』と呼ばれた町のとある店。その地下空間でオレ達は一晩を過ごした。


 地下空間といっても、天井は数百メートルも上空にある、巨大な空間だった。フェリアさん曰く、エイグリッヒさんの魔法で拡張された空間とのことだった。


「私はエイグリッヒ。帝宮魔導士筆頭を任されている。―――まずは昨日、第一階級魔族アスタロトを撃退してくれてありがとう」


「撃退なんて………ただ生かされただけですよ」


「―――アスタロトは大の戦い好きで有名な魔族でな。そんな奴に認められたのだ。心情は複雑だろうが、君の強さは本物だ。間違いなく、君は私たちを助けてくれたさ」


 ベッドなどの居住空間がある場所に集められたオレ達はそこで初めてエイグリッヒさんと会話をした。―――本当はこの人が、サバルさんの所属する組織のトップらしい。しかし、昨日はオレ達を召喚する魔法の行使でまともに動けなかったという。


「君たちに今の我々の状況を伝えよう―――」


 エイグリッヒさんは、そこからオレ達が異世界に召喚されたこと、召喚された理由などを細かく説明してくれた。


 エイグリッヒさん曰く、人類は魔族と戦争状態にあり、戦況は芳しくない。そんな中、戦力増強のため、異世界の人間に様々な能力ギフトを人工的に付与し召喚する古の魔法『勇者召喚ギフト・ブレイバー』を行使したそうだ。


 ちなみに、本来のこの魔法は、一人の勇者を召喚する魔法だが、エイグリッヒさんの改良で、複数名の勇者を召喚することができたようだ。


 そんな話の中、みんなが驚愕した話が二つあった。――――――それは『元の世界に帰れないこと』と、『四日後の魔族との全面戦争に参加してほしいとのことだった』


「無理に決まってんでしょ!! 自分たちを帰してくださいよ!!」


 いの一番に加藤が声を上げる。


 しかし、重い空気が立ち込める中でも、加藤の言葉がオレたちの意見の総意だった。


「………あんた等が悪い人間じゃないのはわかる。そこの白髪のねぇちゃんも、命がけで俺達を守ろうとしてくれたしな」


「………フェリアです」


 タイガがベットに胡坐をかいて発言する。対してフェリアさんは昨晩の発言を思い出して赤くなりながらタイガへ自身の名前を伝える。


 『フェリアね。悪いね名前覚えるの苦手で』なんて茶化しながらも、タイガは言葉を続ける。


「けどな、俺達はただの学生だ。いくらすげぇ力をもらっても―――人殺しはできねぇよ?」


「「「………………」」」


 戦争についてまわる『殺し』。先日まで、平和の中で過ごしてきたオレ達は嫌でもその言葉に反応してしまう。


「………………そうだな。いくら言葉を並べようとも、君たちを呼んだのは、我々の一方的な都合だ。君たちには何の関係もない話だ」


 目を伏せ、フッと笑うエイグリッヒさんの声色はどこか悲痛が滲んでいるように思えた。


「わかった。君たちの帰還方法は私が調べておく。今一度、勇者召喚ギフト・ブレイバーの術式を読み込めば、逆説的な行使もできるやもしれぬ」


 しかし―――


「いや、戦おう」


 ヒカリはこの日初めて口を開いた。


「なっ………………正気か剣崎くん!?」


 加藤はヒカリの言葉に目を剥く。


「もちろん、みんなは無理に戦わなくていい。ただ、思うんだ」


 ヒカリは落ち着いた声でオレ達に語り掛ける。


「この世界にいる間、昨日みたいに色んな奴が襲ってくると思う。―――そうだよな。敵にしてみたら最優先で殺すべき人間の集まりだ。俺は、そんな奴らからみんなを守りたい。だから戦う」


「なんだよそれ………」


 まるで、漫画やゲームの主人公のようなセリフ。しかし、まっすぐエイグリッヒさんを見つめるヒカリの目に、偽りはないように思えた。


「でも、いいのかヒカリ。―――お前は殺せんのか?」


 タイガのストレートな問いかけ。しかし、ヒカリは動じることはなかった。


。誰に何を言われようと。俺は知らない誰かより、ここのみんなが大切だ」


「………」


「………」


 タイガとヒカリは視線を交わす。


「………………ハァ」


 そして、タイガは大きなため息をついた。


「わかった。なら、俺も戦おう。お前ひとりに背負わせるわけにはいかねぇ」


 まさかの言葉。その場の全員が衝撃を受ける。ヒカリでさえも驚いていた。


「ハァ!? タイガ、お前まで戦うことないだろ!! 俺が守る!!」


「ふざけんな。昨日まで『貴重な戦力だ』なんて言ってやがったくせに」


「バカ!! 俺はまじめに言ってんだ!! ―――死ぬかもしれないんだぞ!!」


「………………ならよ、その言葉、そっくりそのまま返してやる」


 二人は幼いころからの親友らしい。ヒカリは、何年も一緒に馬鹿をしてきたタイガを案じているのは端から見ていても分かった。


 だが、それはタイガにも言えることだった。


「お前を死ぬかもしれない戦場に、一人ではいかせられない」


「っ………」


 この言い合いは完全にタイガの勝ちだった。


 そんな二人の様子を見ていたエイグリッヒさんは、改めて口を開いた。


「二人の気持ちは分かった。それにヒカリ君の言うことも最もだ。君が戦場で困らないよう、短い間だが、全力でサポートさせてもらう」


「よろしくお願いします。エイグリッヒさん」


「ああ、頼むジイさん」


 こうして、ヒカリとタイガの戦争参加の方針が固まった。


「………………」


 そしてオレは、そんな光景を見ていることしかできなかった。


 ヒカリとタイガに守ってもらう。その事実に不甲斐なさ、申し訳なさがないわけじゃない。


 だけど、『戦争』というワードに完全に恐怖してしまった心が、その場から動くことを許さなかった。それは、アサヒや他のみんなも一緒のようだった。


「他の者は無理をしなくてもよい。ここの空間は敵には知られていないはずだからの。すべてが終わるまでゆっくりしておくといい」


 エイグリッヒさんは、戦う人とは思えないほどの優しい笑顔で、長い灰色の髭を撫でながら気を使ってくれた。


 しかし、その言葉が、今だけは悔しかった。


「そういえばジイさん、一つ提案なんだけどよ―――」



 ※ ※ ※



「なんで自分は走らされてるんですかーーーー!!」


 加藤は絶叫していた。


 なぜならば、ヒカリの訓練のため呼ばれた騎士たちと一緒に走らされているからだ。


 ことの発端は、タイガの提案からだった。


 曰く、『戦う力』があるなら、自衛のために訓練だけでもしておこうとの話だった。オレやアサヒ達にしても、ヒカリとタイガに対して負い目を感じていたこともあり、喜んで引き受けたのだ(加藤は嫌がっていた)


 しかし―――


「………この『領域』という能力ギフトは一体」


 オレはフェリアさんに、盛大にしかめっ面をさせていた。


 順を追って経緯を説明すると、まず、この世界には、人間の能力ギフトを解析する『鑑定』という魔法があるらしい。


 その魔法を使って、フェリアさんがオレ達六人の能力ギフトを確認し、能力を最大限伸ばせる訓練を提示していたのだが………


「『領域』………今まで色んな能力ギフトを見てきたがのう………見たことがない」


「結界の一種か? こう、黒い球状の結界を張るやつ?」


 オレの能力ギフトの詳しい効力がわからないのだ。エイグリッヒさんやサバルさんも知らないらしい。


「取り合えず、『全適正』という大変希少な能力ギフトがありますし………サバネさんと一緒に炎術を学んでもらいましょうか………?」


「うむ………そうだなの。サバル、お前さん、この『領域』という能力ギフトについて調べてみてくれい」


「了解した筆頭」


 そんなやり取りがあり、オレは魔法の適性がある茶羽さんと一緒に炎の魔法を学ぶことになった。


 ちなみに、ヒカリはとんでもない数の能力ギフトを持っていたらしく、エイグリッヒさん、サバルさん、フェリアさんや、訓練の手伝いにきた騎士の方々も驚いていた。―――なんでも、魔法関連や近接系関連の能力ギフトが両方あったらしく、特に、『存在強化』『身体能力補正』の二つが同時に発現しており、近接戦闘において、無類の強さを発揮するらしい。


 タイガも近接関連の能力ギフトや、『破壊者』というかなり希少な能力ギフトが発現しており、活躍を期待されていた。


 ちなみに、加藤は近接系の能力ギフトが発現しており、騎士たちと一緒に走らされていた。


「まさか用途不明の能力ギフトあるとはな………これは骨が折れるの」


「………」


 額から汗を流しながら顎ひげをなでるエイグリッヒさんの隣で、オレのほかに沈黙する者が一人いた。―――そう、アサヒだ。


「二人して、なんか皆さんの手を煩わせちゃって申し訳ないね………」


 アサヒにも正体不明の能力ギフト、『能力連結』が発現しており、例のごとくエイグリッヒさん達を困らせていたのだ。


「でも、『予想はつくから、検証を重ねよう』って話になったし、オレよりはマシだよ」


 しかし、名前の響きから、何かしらの能力ギフト同士をくっつけるものではないかと予想はついているらしいのだ。―――問題は、それが何と何を連結させるのかという点だ。


 自分の能力ギフト同士を連結させるのか、はたまた、他人の能力ギフト同士を連結させるのか、それとも、自分と他人の能力ギフト同士を連結させるのか………そこが不明だった。


「それに、アサヒは他にも能力ギフトがあるからいいじゃん。オレなんて、よくわかんないのと、もう一個しかないからね」


「はいはい、腐らず頑張りましょうねー」


 ふてくされるオレに苦笑いのアサヒ。しかし、そこに、異世界に来たばかりの時の不安な表情はない。自分に力があると知り、それを実感し始めている今では、彼女の顔に曇りはない。


 それはほかのみんなも同じのようで、あの悲鳴を上げている加藤ですら訓練には乗り気だった。


「千間くん、フェリアさんが魔法の座学をするって」


 茶羽さんに呼ばれたオレは、アサヒに断り、この地下空間にもある手狭な図書室へ向かった。



 ※ ※ ※



「時間がありません」


 高さ、奥行きともにさして広くもない図書室。その机に大量の本を置いたフェリアは、おもむろにそんなことを言い始めた。


「現在、筆頭―――エイグリッヒ様がヒカリさんの魔法の座学をしてくれていますが、あのお方は本来、このような戦況下で遊ばしていい人材ではない。冷たいようですが、本来、戦場にでないアナタ方の指導よりも、私がヒカリさんの指導を行うべきなのですが―――」


 非情な現状を必死に説明するフェリアさんは、けれど、言葉を切り、オレと茶羽さんの目をまっすぐ見つめた。


「強くなろうと………仲間の負担になるまいとするアナタ方の意思。私は嫌いじゃありません」


「フェリアさん………」


 緊張した表情から一変、少しだけ微笑むフェリア。そんな彼女に、自然とオレと茶羽さんは返事を大きくした。


 曰く、魔法とは『世界に隠された事象』なのだと言う。


 隠された事象を紐解き、現実に顕現させれば、無から火柱が立ち上がり、稲妻が大地に突き刺さる。


 大事なのは『紐解く』ということ。それは詠唱であったり、呪文であったり、魔法陣であったり、イメージである。


 まぁ、要するに、この世界はパソコンみたいなもので、さまざまなプログラムを組めば、パソコンはその通りに動く。


 そんな話を、もっともっと難しい言葉で説明されたオレは、これを理解することには、頭から煙を上げていた。


 だが、フェリアさんの講義はまだ終わっていない。オレは最後の気力を振り絞り、耳を傾ける。


「『スォル・ウズル・エワズ』―――火球フレイム


 フェリアがよくわからない言葉をつなげると、突然彼女の指先に小さい炎が浮かんだ。


「これが炎術系の初歩、火球フレイムです。このまま念じれば、この炎は狙った相手に直進するでしょう。―――まぁ、今はしませんが。なので、この炎を今から消します。よく見て、聞いていてください。『イサ・ツリザス』」


 再び呪文を唱えると、今度は火の玉が、忽然と姿を消した。


「今のは消去の呪文を魔法の後に付け足して魔法を消しました。とりあえずこの『イサ・ツリザス』覚えておけば、事故の確率を減らせます。ちなみに、魔法で暴走している人がいれば、相手の一部に触れて、これを唱えれば、魔法をキャンセルできます」


 こんな感じでオレは魔法を習っていった。


 ―――なのだが………


 訓練開始から二日目の夜、図書室にて………


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」


 オレは、火の玉を生成しようとして、盛大に息を切らしていた。


 原因は『魔力の少なさ』だった。どうやらオレは保有している魔力の量が常人よりも少ないらしい。


 どうやら、召喚の段階で、この魔力は魔法側から提供されるものらしいのだが、今回の俺たちを召喚した際の魔法は、エイグリッヒさんの改良が加えられていたらしく、何かしらの調整ミスでオレの魔力は極端に少なくなったらしい。


 おかげでオレは、この火の玉を十発ほど撃つ程度で魔力切れになるらしい。


「ダメだ………」


 オレはイスにもたれ掛かる。


「また修行してるの千間くん………?」


 そこへ茶羽さんが入ってくる。


「あぁ………茶羽さん………」


「………………やっぱり魔力量の少なさで悩んでいる感じ?」


 彼女と俺はここ二日、同じ時間に同じような内容を習っているせいで、オレの悩みをある程度知っている。


「そう………だね。フェリアさんは何度も魔法を使っているうちに、使用回数も増えていくって言ってたけど………もどかしくてね」


「そっか………」


 彼女は眼鏡越しの瞳を伏せる。………そして、再び顔を上げる。



「私、習った呪文してみたの。多分、この方法なら魔力の消費を抑えられるはず!」



「………………………へっ?」


 まさかの言葉にオレは固まる。


 改良? 魔法の?


「とりあえず真似してみて!」


 オレの困惑も気にした様子もなく、彼女は魔法の行使を始めようとする。


 いや、今まで茶羽さんのイメージって大人しいってことしかなかった。オレは彼女へ印象を改めつつ、彼女の一挙手一投足までしっかりと目に焼き付ける。


「『スォル・イサ・ベルカナ・エワズ』―――火球レーザー!」


「!?」


 次の瞬間、浮かび上がった火球の中から、一本の熱線が放出された。


 それは、とんでもないスピードで、壁に迫り―――そして、茶羽さんによって魔法をキャンセルされた。


「これは、スォル、火にイサ、停止してもらって、その中からベルカナ、枝みたいにレーザーを出してもらって………」


 突然始まる謎の単語の応酬。なんとなく、呪文の一つ一つに何かしらの意味があるらしいが、オレにはなんの理解もできない。


 そんなオレの様子に気が付いた茶羽さんは、『ウオッホン』とわざとらしい咳払いをして言葉を止めた。


 きっと、こういった話は、彼女の中で、何か意味があって、オレがたまたまそれに触れてしまったのだろう。


 『みなかったことにしよう』と覚悟をきめ、オレもオレを見つめている茶羽さんに目配せして、呪文を唱える。


「『スォル・イサ・ベルカナ・エワズ』―――火球レーザー!」


 次の瞬間、射程は短いものの、確かに魔法が発現した。


「で、でた………」


 魔力切れのオレでも出た魔法。確かに消費する魔力は段違いに少ないようだった。


「おそらく消費の魔力量は、魔法の規模に依存すると思うの。だから、なるべく小さい火の玉、なるべく細い熱線で魔法を構成してみたの。レーザーならどんなに細くてもある程度の威力は保証されるし」


 彼女の見立てでは、消費の魔力は通常のものに比べ、三分の一程度だろうとのこと。


 オレは彼女に感謝を述べつつ、続けて魔法を行使しようとするが、発現はしなかった。


「けど、単純計算、今までの三倍は魔法を使えるはずだよ」


 グッと親指を立てる茶羽さんに苦笑しつつ、オレは脳内で今の魔法を反芻する。


「レーザー………レーザー………」


 フェリアさん曰く、魔法にはイメージも重要らしく、うまく想像できれば、消費する魔力も減るらしいのだ。


 そんな理由で、脳内で今の魔法をイメージしていた時だった。


「ちょっ………千間くん!?」



 オレの目の前から現れた熱線が、図書室の壁を燃やした。



「まだ魔法撃てたの!?」


「いや、オレはなにも!?」


「とりあえず消化ぁー!」


 そんなこんなで、オレと茶羽さんはこの後フェリアさんに怒られることになる。

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