第5話 経緯 ヨン
「まだ起きてるの」
魔族との戦争に備えて訓練を初めて三日目。その夜―――つまりは決戦前夜。
訓練用の室内。その天井を大の字で寝転がるヒカリに、アサヒは声をかけていた。
「あぁ、真道」
「………明日は早いんでしょ。早く寝た方がいいんじゃないの」
「ああ………そうなんだけど………寝付けなくて」
ヒカリはアサヒのことを見ることはしない。けれど、その口元は確かに微笑んでいた。
夜用の薄い燐光が灯る中、アサヒは座ることもせず、口を開く。
「………騎士団の人たちが驚いてたよ。ヒカリに剣の才能があるって。それに、エイグリッヒさんも、魔法の才能もあるって」
「なに? 勇気づけてくれてんの?」
「んー………まぁ………ね。結局私たちは戦わないし………ヒカリとタイガは私たちを守るために戦うわけだし………」
ヒカリは、いつもと様子の違うアサヒに、今度こそ驚愕の瞳で彼女へ視線を送る。―――そして、たまらず噴出した。
「ハハハハ! いつになくしおらしいと思ったら、そんなこと気にしてたんだ!!」
「ちょっ………なんで笑うの!?」
「いやっ、ごめん、つい可笑しくて………」
「わ、私だけじゃないわよ! 加藤くんや茶羽さん………ヨミだってみんな同じよ!」
アサヒはとっさに、みんなが抱いている思いも暴露し、自分だけが笑われる筋合いはないと主張する。
一方、ヒカリは笑いを収め、小さくつぶやく。
「俺は君のために………」
「な、なに! 何か言った!?」
そんな呟きはアサヒには聞こえていなかった。
ヒカリはすぐに『何でもない』と取り繕うと、大きく息を吸って言葉を紡いだ。
「俺たちももう高三だ。こんなことさっさと終わらせて帰ろう。―――そして皆で今度こそ遊びに行こう」
※ ※ ※
「格好つけやがって」
アサヒが寝室に戻った後、タイガが物陰から現れた。
「………なんか文句あるのかよ」
「はッ、ホントはビビッて寝れないくせに」
「うるせぇよ。お前だって怖くて寝れないから俺に慰めにもらいにきたんだろ」
「なわけないだろ」
そんな幼稚な煽りあい。
しかし、二人はやがて黙り込み、同じ真っ黒な天井を見つめた。
「俺さ、エイグリッヒさん達にも鑑定できないよくわからないスキルがあるんだ」
「………………」
突然の独白。タイガはその事実を初めて聞いたが、それでも、黙ってヒカリの言葉を待つ。
「でもさ、なんとなくわかるんだ」
ヒカリは視線を下げて、自分の手のひらを見つめる。
「
手のひらをぎゅっと握り、ヒカリは自分の胸を抑える。そんな彼をみて、タイガはため息をつく。
「お前、案外嫉妬深いもんな」
「軽いな………人が意を決して打ち明けたってのに………」
「軽くはねぇよ。―――お前がいつも千間をいつもこっそり睨んでることとか、みんなを守るためにとか言って、本当はアサヒ以外をどうでもいいと思ってることとかよく知ってるしな」
「なぁ………………ッ!? お、おおお、お前、なんで―――!?」
「動揺しすぎだろ」
いつもの冷静沈着なヒカリとはかけ離れた反応を見せる彼に、けれど、驚いた様子もなくタイガは半眼で彼を見つめる。
「でもな、俺はそんなお前のところも実は尊敬してる」
「………なんで」
恥ずかしさで紅潮している顔を俯かせながら、ヒカリはタイガに質問を投げる。タイガは、そんな質問に、頬を掻きながら静かに答える。
「気持ちって、抑えるのが難しい。俺なんて、四六時中感情が爆発して喧嘩してっからな………だけど、お前はそれを頑張って抑えて、周りの人間とうまくやっている。俺にはできないことだ」
「………………」
「だからよ、ヒカリ。抑えるのが難しいなら、俺にでもいいからよ、少しずつ吐き出せ。俺はお前がそんな理由で誰かを傷つけて、恨まれるとこなんか見たくねぇ」
「タイガ………」
気恥ずかしさがあるのか、タイガも顔を背けている。だが、ヒカリはそんな友人に笑った。
※ ※ ※
翌日。
ヒカリは、鎧に剣を携え、今まさに戦場へ向かおうとしていた。
「………………覚悟はいいか?」
「はい」
「俺も、いつでもいけるぜ」
ヒカリは真っ白な鎧に身を包んでいる。曰く、帝宮のお抱えの鍛冶師に準備させた最高級の鎧らしい。同じく腰の剣も、鎧とは対照的な漆黒の剣だが、ただの剣ではないことがうかがい知れた。
一方のタイガは身軽な恰好。軍服のような真っ赤な服に、黒い
これから二人は、あらかじめエイグリッヒが用意した転移の魔法で戦場に向かう。
「ちょっ、ちょっと貴方達!?」
そこへ向かう者たちが四名。
「エイグリッヒさん」
そこにはヨミヤ、アサヒ、加藤、茶羽の姿があった。
「みんな………?」
「オレ達も行きます」
その言葉に、ヒカリやタイガ、フェリアも驚きの表情を見せる。一方のエイグリッヒは、何か予感があったのか、静かに目を閉じ、思考していた。
「わかった―――フェリア、すぐに準備するんだ」
ヒカリ、タイガやフェリアの驚きとはよそに、ヨミヤ達は歓喜した。
そこから、早急に準備が進められた。
基本的に、アサヒ以外は裾の長い黒の軍服。アサヒのみ、
ヨミヤと茶羽は魔法触媒の指輪を手渡され、魔法部隊への配属が決定した。
加藤は騎士団、ヒカリ・タイガと最前線へ配属される(
「準備は出来たな。八人を転移するとなると骨が折れるが………まぁいい。いくぞ」
「「「はい!!!!」」」
きっと、ヨミヤ達のこの決断は間違いだったのかもしれない。
しかし、彼らは勘違いしてしまったのだ。異世界で得た力があれば、きっと、戦地に向かう同級生の助けになれると………
中途半端に力の訓練に取り組んでしまったが故の勘違い。
しかし、時は巻き戻せない。彼らは分岐点を超えてしまった―――
※ ※ ※
最初に襲ったのは凄い不快感だった。
まるで心臓を見えない手で無理やりつかまれるような不快感。
そして、次の瞬間には――――――
「うッ、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
遥か上空で放り出されていた。
意味が分からなかった。確かにオレ達はエイグリッヒさんに魔法で戦地まで送ってもらう予定だった。だが、現実はこれだ。
思考しようにも、全身を襲う浮遊感と焦りで思考がうまくまとまらなかった。
「千間!!!!」
そんなオレの名前を呼んだのはヒカリだった。
「ヒカリくん!?」
「掴まれ!! 着地する!!」
「わ、わかった!!」
一緒に地上へ落下するヒカリの腕をつかむ。すると、ヒカリは剣を引き抜き、それを地面へかざす。
「『ソウィル・ウル・イング・ソーン』―――
それは、光の球体だった。
人よりもなお大きいそれは、ヒカリの剣に集積していて、今にも打ち出されようとしていた。
「ケガするかもしんないけど………死ぬよりマシだろう! 我慢しろよ!!」
「っ………」
そして、光弾は打ち出される。
光弾は地面に接触すると起爆。とんでもない熱と風に晒され、オレ達の落下スピードは激減した。
オレは受け身も取れないまま地面を転がるが、何とか即死は免れたようだった。爆発によるケガも、ヒカリが庇ってくれたため、少々の火傷程度で済んだ。
「ヒカリくん!!」
何とか立ち上がり、ヒカリの元までオレは駆け寄る。
「千間………無事だったか………」
ヒカリも特にケガはなかったのか、疲れたような声色でオレの無事を確かめていた。
「やはり、この程度では死なないか」
そんなオレ達の元に一人の男が現れた。―――否、一人ではなかった。
「警戒しろ千間………囲まれてる」
周囲を見渡せば、角を生やした人間や、牛の頭をした人間―――魔族にオレ達は包囲されていた。
「異世界の人間―――勇者だな。悪いが、死んでもらうぞ」
オレ達の死を望むその男は人間に見えた。白の髪は毛先になるにつれて鮮やかな緋色をしている。男の容姿で目を引くのはそこだけではない。右目も、髪同様、鮮やかな緋色に染まっているのだ。
しかし、いくら外見が特徴的でも、その姿形は人間そのものだった。
「アンタ………人間じゃないのか………? なんで俺たちを殺そうとする………」
剣を構えるヒカリ。オレもそれに習い、いつでも魔法を発動できるようにする。
「私は第一階級魔族アベリアス・マイナ。誇り高き
怒りの籠った声でそう反論する『アベリアス』名乗った男。しかし、オレが引っ掛かったのはそこではなかった。
第一階級。
忘れもしない。オレ達に恐怖を植え付けた魔族………あのアスタロトと同じ階級だと目の前の男はそう宣った。
「………そうか」
ヒカリも、その言葉に反応したのか、これ以上相手を追求することなく、静かに警戒レベルを引き上げているようだった。
「加減はしない」
男はそれだけ告げると、持っていた鉄の本を開いた。
「
次の瞬間、呪文を唱えずに男は魔法を展開した。
「………ッ!!」
知識にない突然の魔法。オレは知らなかった。フェリアさんからの話であれば、魔法は呪文がなければ発現しなはずだ。
故に、反応が遅れた。
「どけッ!!!!」
本来ならば、二人を対象にした魔法。しかし、咄嗟にヒカリがオレを突き飛ばしたおかげで、魔法の範囲からオレだけ脱出した。
一方で、ヒカリは黒い霧の球体に完全に閉じこめられていた。
「ヒカリくん!?」
「来るな!! 自分の身を守るなり、逃げるなりしろ!! ここに来たらお前まで巻き込まれる!!」
「安心しろ。それはただお前を中心に展開された霧。害はない」
「そうかい………ならすぐにふきとばして―――」
「できるならやってみろ」
ヒカリの言葉はしかし、アベリアスが指を鳴らすと、途絶えた。
「な、何をした!!」
「それを敵に教えるバカはいない。お前は………部下だけで充分だろう」
その言葉と同時に、四方八方から敵が押し寄せる。
「ッ………―――『スォル・イサ・べる―――」
オレはすぐに呪文を紡ぐが、恐怖と緊張であっさりと呪文を噛んでしまう。
「クソっ………」
魔法のイメージは完ぺきだった。しかし、ただ一つ、呪文のみが紡がれない。たったそれだけでオレの人生はおわ―――
刹那、オレの目の前に火球が現れ―――今まさに斧を振り下ろそうとしていた牛頭の魔族を打ち抜いた。
「なっ………」
仲間があっさりと殺されたせいか、アベリアスの絶句とともに、魔族の動きがぴたりと止まる。
「………………」
なにが起こったか………オレにもわからなかった。しかし、この現象には心当たりがあった。
それは図書室での出来事。呪文を唱えてもいないのに、魔法が発動し、図書室でボヤ騒ぎを起こした。
あの時と、今共通していることは………
「『領域』、効果のわからない
この瞬間、オレの中ですべてがつながった。
「魔法の即時発動………!! 聞いてないぞアスタロト………ッ!!」
「し、しぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!!!」
「待てッ!! 突っ込むなァ!!!!」
背後から迫る敵。
「………」
オレはそれを、背後に
「『領域』………オレの周囲に、オレの
「それ以上、その男に近寄るな!!!!」
次の瞬間、アベリアスが周囲の魔族に指示を飛ばす。
「もういい!! お前たちは主戦場へ戻れ!! この男に大勢でかかるのは人員を損耗するだけだ!! ラスロット!! 部隊を指揮して下がれ!!」
「はい!!」
「………………」
オレはその光景を黙って見送った。
「アベリアスさんだっけ? できれば、このまま引いて欲しいんだけど………」
「それは無理な話だ。私にも引けない理由がある」
静かに鉄の本を開くアベリアス。しかし、次の瞬間―――
「
光の爆発が起こる。
ヒカリを囲っていた夜の霧はそれだけで四散し、中からヒカリが現れた。
「ヒカリくん、無事だっ………」
「フッ、フッ、フッ………!!!!」
しかし、ヒカリの様子は明らかにおかしかった。
具体的には、表情がおかしい。怒りの形相とでもいうのか、目を血走らせている。
「………………これは分が悪い」
「ガァ!!!!」
「チッ!!」
刹那、ヒカリがアベリアスに斬りかかった。
その一太刀はアベリアスの右腕を切断し―――
「
しかし、アベリアスは動じることなく魔法を発動。亀甲模様の結界を自身とヒカリの間に展開し、彼をオレの居るほうへ弾き飛ばす。
「
そして、間髪入れずに再度結界魔法を発動。今度はオレとヒカリを覆うように結界を展開した。
「さらばだ勇者ども。芸がないと批判するなよ。勇者殺しは優先事項だ。お前らは無理でも、他は殺す!! 精々自分の非力でも悔いてろッ!!!!」
次の瞬間、オレ達の足元に魔法陣が展開された。
「何をする気だ!!」
「結解を破られても面倒だ。なら物理的に移動させるまでよ!!」
その言葉を聞いたオレは、額からブワッと汗が出るのを自覚した。
「私は立場上、転移系の魔法を研究することが多くてね。―――遠いぞ?」
「まッ―――」
次の瞬間、一瞬にして周囲の景色が変貌した。
※ ※ ※
夢をみた。
アサヒと千間が楽しそうに手をつなぎ、俺はそれを後ろでただ見つめるしかない。
夢をみた。
好きで好きでたまらなかったアサヒ。彼女に思いを伝えて断られた。
夢をみた。
アイツと彼女が結ばれて、式場でキスをする瞬間を。
夢をみた。夢をみた。夢をみた。夢をみた。夢をみた夢をみた夢をみた夢をみたゆめをゆめをゆめをゆめをゆめをゆめを―――
幾度の夢をみて、俺の体はぐちゃぐちゃになっていた。心臓がおかしなリズムをとり、胃袋が今にも口から出てしまいそうな感覚。
狂ってしまいそうだった。
いいや。俺は間違いなく
※ ※ ※
気づけば、巨大な橋の真ん中で佇んでいた。
「ここ………」
焦る心。オレ達は嵌められたのだ。アベリアスとかいう魔族の転移魔法にかかり、どこかもわからない場所に飛ばされた。
「落ち着け落ち着け落ち着け」
待て。
そこで、思考があることに気づく。
『他は殺す』アベリアスは間違いなくそう宣言した。ということは、今頃他のみんなの所に―――
ヤバいッ!!!!
「ヒカリくん!!!! 急いでアサヒのところに帰らないと―――」
そう口にした瞬間、拳が顔面に飛んできた。
「真道のことをお前が口にするなァッ!!!!」
「ガっ………!!」
ものすごい衝撃が脳内に響き、たまらずオレは地面に倒れる。
「な、なにを………」
拳の犯人はヒカリ。しかし、なんで殴られたのかわからないオレは地面に手をつきながら立ち上がろうとする。
「俺は昔から真道が好きだったんだ!!」
しかし、今度は腹部に蹴りが飛んできて、再び地面に転がる。
「なんでお前なんだ!! クラスの隅っこで黙っているようなお前が! なんの取り柄もないようなお前が! 何も持ってないお前が! なんで、なんでアイツと付き合っている!?」
ヒカリは、そうして、オレの腹部に次々と蹴りを入れてきた。
オレは、オレ達はこうして
オレがついていかなければ、ヒカリがどうなっていたかはわからない。
しかし、少なくとも、このあと起こる悲劇だけは避けられたのだろう。オレは谷から落ちず、ヒカリは誰も傷つけることもなかっただろう。
―――意味のないイフを並べたところで、秒針は戻らない。
かくして、オレと勇者の因縁は始まりを告げたのだった。
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