第2話 経緯 イチ
「なに聞いてるの?」
彼女はそう言って、オレのイヤホンの半分を突然耳から抜き去った。
いつものオレなら、嫌悪感が湧き上がり、すぐにイヤホンを取り上げていた。
だけど、その時だけは不思議と嫌な感じはなく、オレはその事実に自分が驚いていた。
「おー、最近流行りの曲じゃん。確か………アニメの曲だっけ?」
流行りのアニメの曲、流行りのゲームの曲、SNSで話題の曲………
そんな統一性のないプレイリストを聴きながら、彼女はオレの隣に座り、ノリノリで身体を揺らし始める。
「えっと………
明らかな警戒の声色に、アサヒは苦笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「そんな警戒しないでよ。私もさ、音楽―――好きなんだよ。いつも一人で聞いてるからさ、もしかして話、合うかもって思ってね」
『流石に驚かせちゃったね』なんて言いながら、彼女はイヤホンの片耳をオレに返す。
高校一年生の秋、これが、オレとアサヒの始まりだった。やがて三カ月がたったころ、オレ達は付き合うことになる。
※ ※ ※
オレとアサヒが三年生に進級した年の七月ごろ。梅雨が終わったというのに大雨が降るある日。
運命の日が訪れる。
―――気分わるっ………
教室の窓際で、オレ―――
昔から人の多いところが苦手で、三十人程度の人間が集まった教室という空間でさえ神経がピリピリとしてしまい、放課後目前ともなると、疲れがひどいのだ。
この疲れがピークまで達すると、こうやって気分まで悪くなる。
「はい、あったかいの飲む?」
そんなオレのオデコにほのかに温かいペットボトルを押し付けるのは、アサヒだ。
「お前………もう夏だぞ………」
「えー、クーラーガンガン効いてるし、気分悪い時に冷たいものはやめといたほうがいいんじゃない?」
『ホレホレ』と、飲み物を見せびらかすアサヒに呆れながらも、オレはペットボトルを受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
悪戯な表情で飲み物を手渡したアサヒは、『そういえば、この新曲きいた?』と雑談を始める。
少しだけ気分の晴れたオレがその話題に付き合っていると、とある人物がアサヒの近くまで寄ってきた。
「真道、この後遊びに行かないか?」
「えー………めんどくさいなぁ………」
そんな昔馴染みな仲だからか、アサヒのヒカリへの扱いは割と雑だった。
「そう言うなって。もう三年だし、忙しくなる前にみんなで思い出をつくりたいだろ。―――なんだったらタイガも行くってさ」
「おい、その俺はその話、初耳なんだが」
不服そうに顔を出したのは、真っ赤に髪を染めた不良………
彼は近くの席で帰る準備をしていたのに、悪友のヒカリの言葉を聞いてわざわざ話題に加わってくれたのだ。
「でも、行くだろ?」
「………まぁ、予定もないしな。つまんなかったら帰るからな」
「………そっかぁー、タイガもくるんだったら、もうちょい人数多いほうが楽しいかな」
どうやら乗り気になったらしいアサヒは、前の席でおしゃべりをしていたカップルに声をかける。
「ねね、加藤くんと
「「えっ!?」」
普段はあまり関わらない二人組。それは二人組の方も思っていたのだろう。まさかのお誘いに驚愕している。
「おい、なんだあのコミュニケーションの化け物は」
アサヒの物怖じしないコミュニケーションに、タイガは口元を引きつらせる。
「昔から、何故か人の懐に入っても警戒されないんだよね、彼女………」
超人と不良に一目置かれるアサヒに、改めて『すごいな』なんて思っていると、ポンっと肩に手が置かれた。
「もちろんお前も来るよな千間」
手の先には、不敵な笑みを浮かべたタイガがいた。
彼は、彼が発端のとある事件に、オレとアサヒが巻き込まれた件でなぜかオレに好意的になり、こうして関わることがあると、積極的にオレに話しかけてくれるのだ。
「え、いや、オレは直接誘われてないし―――」
「なぁに言ってんだ。いいよな、ヒカリ?」
オレに笑いかけながらも、ヒカリへ言葉を投げかけるタイガの声のトーンは少し低くなっていた。
対して、ヒカリは………
「………あたりまえだろ? この状況で、君だけ置いてくなんて萎えることしないよ。あくまで俺は忙しくなる前にみんなと遊びたいだけさ」
満面の笑みで快諾してくれた。
そんな彼に、オレは『いいやつだ』なんて思っていると、今度はタイガがオレの肩に手を回してきた。
「だよなぁ! 俺、一度千間と遊びたかったんだ!」
突然の出来事に、慌てたオレは、すぐにタイガを引きはがそうとする。
しかし、ありえない力で首に手を回されているせいで、一向に引きはがせない。
結局、引きはがせないまま、オレは遊園地で子供に振り回される人形のごとくタイガの腕の中でプラプラと脱力することになった。
「あーっ!!」
そんな光景をみたアサヒは、説得を終えた加藤と茶羽を置いて、タイガからオレを引きはがそうとする。
「タイガぁ!! ヨミ返してー!!」
「はぁ? こいつはお前のじゃねぇだろバーカ!」
「私のだし!! 返せ赤太郎!」
「誰が赤太郎だ!! 髪色だけで変なあだ名つけんな!!」
きっと、この一幕は幸せだったのだろう。
かけがえのないもの。『今』が過ぎれば二度と戻ってこないもの。そして―――
この幸せは、次の瞬間に終わりを迎えた。
フォン………というどこか機械音のような音が響いたと思った瞬間、オレ達の足もとに謎の幾何学模様が浮かび上がった。
「な、なんだコレ!?」
「なにこれ、なんかのドッキリ?」
「いや、何かおかしい!」
まったく危機感のないアサヒに対し、直感で何かを感じたのか、ヒカリは警戒を呼び掛ける。
だが、こんな時に咄嗟に具体的な指示を飛ばすことができたのは、喧嘩慣れしているタイガだった。彼はヒカリの直感を信じ、叫ぶ。
「とにかく離れろ!!」
タイガの言葉に、オレ、アサヒ、ヒカリ、加藤、茶羽が咄嗟にその場を離れようとするが―――
遅かった。
刹那、オレ達の体を浮遊感が襲った。
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