第3話 参戦と対策
「……さて、組織への参戦の意思は伝えた。
後は、おそらく真っ先に此処へ攻めてくるであろう『アンチテーゼ』の対策を考えないとな」
アンチテーゼとは、西行とは異なる文化を持つ、巷ではマフィアと呼ばれる組織の名前だ。
アンチテーゼに所属する者達は皆、基本的に"能力"という妖術や忍術とはまた別の固有の力を持つという。西行は何かしらの妖術や忍術を全員が扱える。それと同じように、アンチテーゼは何かしらの"能力"を1人1つ以上は持っていることになる。
……正直、かなり厄介な相手だ。
これは俺の持論だが、力はどんなものであれ"使い方"と"発想力"で優劣が決まると言っても過言では無い。それが"能力"であるならば尚更だ。
「……ん?政府からの連絡か……」
自室のパソコンに差出人不明の通知が届いたが、その内容から直ぐに政府からのものだと分かった。
「帝国大戦の開戦は今日より7日後……参戦するのは西行、アンチテーゼ、ゼス神教団、帝国師団……?」
俺たちとアンチテーゼならまだ分かる。しかし……ゼス神教団と帝国師団まで出張ってくるのか?だとしたら厄介だ。
帝国師団はともかく、ゼス神教団はあまりにも世界に布教されすぎている。全世界から信徒を集められでもしたら、流石の俺たちでも厳しい戦いになる。
「厄介なのが居るな……」
そういえば、個人で参戦する奴は居ないのか?
「……個人の参戦者は不利になる可能性も考慮し、中盤での発表とする……か」
妥当といえば妥当だが、組織の頭が割れていれば不意打ちも出来る訳だ。そう考えると、やはり気を抜けないな。
「いや、ひとまず今はアンチテーゼの対策を考えよう」
能力者の弱点……それは一重にその強さ故の"慢心"と言ったところか。
強力な能力を複数持ち合わせていれば尚更その慢心は強くなるだろうが……その慢心が意味をなさない程度には強いだろうな。
「ふむ……相手の慢心につけ込み、一つ一つの動作を無駄なく行い、躊躇いもなく人を殺す覚悟を持つこと……これが全てに共通する対策と言ったところか」
正直、詳しい情報が無い時点で対策といった対策は立てられない。妖術、忍術や魔法のように"炎系統"や"水系統"などの属性と呼ばれる源流の系統が存在しないからだ。
「猶予は7日……少ないな。せめて1ヶ月あれば普段あまり施せていない対能力者戦闘を基礎だけでも教え込めただろうが……」
初陣はかなり厳しい戦いになりそうだ。早々に脱落する者が少なければいいのだが。
「……瑞稀くん」
俺が悩んでいたその時、長い黒髪が突然視界に映る。
「
暗霧は「やっほー」と明るい声色で腰まで伸びた長い黒髪を靡かせ、オレンジのインナーカラーが露になる。
「どしたの瑞稀くん、難しそうな顔しちゃって。お姉さんに話してみな?」
暗霧はおちょくるようにそう言いながらソファに座っている俺の横に座った。
「お姉さん?どこにいるんだ?俺よりも年上で包容力のあるお姉さんがいると言うなら、是非とも会ってみたいものだな」
「……はぁー!?はぁー!?ここに居るでしょう!?瑞稀くんを癒せるたった一人のお姉さんが!」
煽るようにとぼけた俺に、暗霧はドタバタとしながら怒った。
「大体、お前二十歳だろうが。俺より1個年下だろうが」
俺がそう指摘すると、暗霧は図星をつかれたようにビクッと体を反応させて大人しくなる。
「…………びぇぇぇー!!瑞稀くんがお姉さんのこと虐めてくるー!!」
大人しくなったと思ったら次は嘘泣きを始めた。
煽ったり怒ったり嘘泣きしたり忙しいやつだな。顔つきも含めて、見た目だけなら大人のお姉さんと言っても過言では無いだろうが……
「忙しいやつだな……急に嘘泣き始めんな!」
「うわぁー!打たないでぇ……」
「DV彼氏か!……俺みたいな優しい優しいお兄さんが妹みたいな存在を打つわけないだろ?」
「はぁーなんですけどぉー!?」
「何がだよ!」
「瑞稀くんのどこがお兄さんなのさ!」
「見てわかるだろ?この体つきと大人な顔つきが!」
「どこがよ!そんな女の子も羨ましがるようなほっそい体しといて!しかも21歳のくせに高校1年生みたいな若々しい顔してるくせに!」
「はぁ……!?そんな事ねぇし!」
「あるでしょ!?瑞稀くんより私の方が筋肉あるんじゃないの??」
「それだけは絶対ないね!」
「じゃあ腕相撲して白黒つけましょう?」
「いいぜ、やってやろうじゃねぇか暗霧」
どうしてこうなった……?と言いたくなるほど自然な流れで俺と暗霧は机に肘をつき、互いの右手を掴んで腕相撲の構えを取っていた。
「このコインが落ちたら開始な」
「望むところ!」
俺は左手でコイントスをし、開始の合図を行った。
「……………チャリン」
「はぁぁぁぁ!!!!」
「ふぅぅぅん!!!!」
コインが落ちた瞬間、俺と暗霧は各々の声を上げながら腕に力を入れた。
俺と暗霧の力の余波に机は今にも壊れてしまいそうなほど震える。
「おらぁぁ!!!!」
そして、決着がついた。勝ったのは――
「ふっ……やはり俺のほうが筋肉あっただろ……!」
息を整えながら腕を軽く振り、俺はドヤ顔で暗霧に言う。
「もぉぉぉぉ!瑞稀くんのバカ!強化忍術使ったでしょ!」
暗霧はバタバタと手足を動かして暴れながらごねてきた。
「はぁ?使ってるわけ無いだろ」
「嘘だー!瑞稀くんに素の力で負けるわけ無いもん!」
「結果負けてんだろが!」
「ああぁぁぁ!また言ったー!」
暗霧は泣きそうな目でいじけるように俺の背中にくっついてそのまま殴り始めた。
「何がだよ!つか殴るな!痛いだろうが!」
「だってぇ!」
「だってじゃない!殴るなら離れろ!」
そんな会話をしばらく続けたあと、俺と暗霧は落ち着きを取り戻してソファに座り直していた。
「そういえば、なんで暗霧は今帰ってきたんだ?」
「んん……?なんでだったっけ……?」
暗霧は少し悩んだ素振りをしたあと、俺に問いかけてきた。
「いや、俺に聞かれてもわからないが?」
「んんー……なんか帰ってこないとなって気がしたんだよねー」
「なんだそりゃ」
「さぁー?」
軽く笑う暗霧。そんなに呑気に笑える内容なのか……?
「……でも、帰ってきて正解だったかな」
「なんでだ?」
「だって……瑞稀くん、すっごく辛そうな顔してるもん。きっと何か大きな決断をしたんでしょ?」
「っ……!」
気づいてたのか。あれだけ腑抜けた会話をしてたってのに。
「なんで分かった?」
「言ったでしょ?瑞稀くんが辛そうな顔してたって」
「ったく……暗霧は昔からそういう事はすぐ気づくよな」
「それがお姉さんのいい所でしょ?」
渾身のドヤ顔をキメる暗霧に、俺は不思議と頼もしさを感じていた。
「ふっ……確かにな……」
思わず笑みが零れる。
「惚れたか〜?」
「それは無いな」
「ちぇっ、つまんないのー」
昔から、暗霧といる時は星那といる時より少しだけ気楽でいられている気がする。何故だろう……?
歳が近いからか……?まあいいか。
「それでー?何があったのさ」
暗霧が俺の顔を覗き込むようにしながら問いかけてくる。
「帝国大戦が近々開戦するのは知ってるよな?」
「そりゃね。国中で大騒ぎだよ」
「それに西行は参戦する」
「……え?どういう風の吹き回し……?」
「俺も元々は参加する気なんて微塵もなかったんだが……星月が――」
「は??」
暗霧の気楽な表情が一瞬で曇る。
「ちょっと待って?星月ってあの星月?」
「あぁ」
「何を今更瑞稀くんを――」
「意図は分からん。ただ政府として依頼された以上、西行としては参戦せざるを得ない」
「だからって……」
「暗霧。これは俺が決めたことだ。そして、俺がこの組織のトップだ」
「……そうだね。瑞稀くんが決めたなら組織の人間として私は否定しない。でも幼馴染としては違うよ」
暗霧は真っ直ぐ、真剣な瞳を向けてくる。
「いいや、たとえ幼馴染としての言葉であろうと、もう変える気は無い」
「……そう。そこまで言うなら……私は瑞稀くんについて行くだけだよ。頼んだよ、天如様?」
「天如様はやめろ。お前にその呼ばれ方をされると吐き気がしてくる」
「はぁー!?そんな言い方しなくたっていいでしょー!?」
「実際そうだろ!」
「そんな事ないでしょ!それに、『お前』って言わないでよ!私には暗霧って名前があるんですぅー!」
「はいはいそうかよ暗霧。これで満足か?」
「そういうとこだぞ瑞稀くんのばーか。だからモテないんじゃなーい?」
「俺は恋愛なんてどうでもいいんだよ。そんな無駄な時間消費してられるほど有り余ってないんでね」
「うわぁ……それ星那ちゃんが聞いたら傷つくよー?」
「なんでそこで星那が出てくるんだよ、あいつは今の話に関係無いだろ」
「関係あるもーん」
「じゃあ言ってみろよ。どこで星那が関わってくるんだよ」
「そりゃあ瑞稀くんが恋愛に興味が無い――あ……」
「急に黙ってどうしたんだよ?」
いつの間にか再び始まった舌戦は、突然終止符が打たれた。
「瑞稀お兄ちゃん?暗霧姉さん?2人とも随分と仲良さげに話してるね?そんなに良いことあったのかなぁ?」
そう、噂をすればなんとやらと言わんばかりのタイミングで俺の部屋へと入ってきた星那によって。
「えっと……星那ちゃん?これはね――」
「これは、何?」
暗霧が弁解しようと口を開いた瞬間、星那は敵でも見るような目で食い気味に問う。
「ひぃ……やっぱ無理ぃ……瑞稀くん、パス」
「無理ってなんだよ…………」
「暗霧姉さん、逃げるの?ちゃんと説明してくれるよね?姉さんの口から」
星那の威圧に気圧され、萎縮した暗霧は俺に星那の相手を任せようとしたが、それを許さないと言わんばかりに星那は暗霧を追い詰める。
「えっとぉ…………別にやましいことはしてなくってぇ……ただ久しぶりに会ったから会話が弾んじゃったって言うかぁ……誓って星那ちゃんから瑞稀くんを盗ろうなんてしてないよ……?」
言っていることは本当なのだが、暗霧の言い方のせいで嘘をついているようにしか聞こえない。
「ふーん……?瑞稀お兄ちゃん、暗霧姉さんの言ってることって本当?」
「ああ。本当だぞ。星那から俺を盗るとかどうとかはよく分からんが」
暗霧は「しまった……」と言わんばかりの表情をし、星那は顔を恥ずかしそうに赤く染めていた。
「じゃあいいもん……」
星那がぽつりと弱々しく言葉を紡ぎ、誤解を生みそうだった出来事は無事解決した。
「……そうだ、なんで星那はここに?」
「あ、そうだ。どの組織が参戦してくるのか発表されたって聞いたから」
「あぁ、そうだったか。参戦する組織は西行、アンチテーゼ、ゼス神教、帝国師団だ。中々厄介な所ばかりが参戦してくるからな。俺たちも十分気をつけないといけない」
「アンチテーゼとゼス神教は特に厄介じゃない?」
星那は考える素振りをした後言ってくる。暗霧も星那の言葉を肯定するように不安そうに頷いた。
「その通りだ。それに、西行はあまりアンチテーゼとの仲が良くないからな。真っ先に仕掛けられるとしたらアンチテーゼだろう。
アンチテーゼは能力者が特に多くて個人の力が相当優れている。だから相応の警戒しないといけない。
ゼス神教は個人の力はたかが知れているが、宗教上の魔法というのは集団というのが大事になってくる。つまりは数だ。ゼス神教は集団神聖魔法を最も強力な形で使ってくるだろうからな。そこも警戒しないといけない」
「対策……って言ってもあんまり具体的な物は立てられそうにないね」
「ああ。だからこそ、俺や幹部である星那達が前線に出る必要があるだろう」
「星那ちゃん、能力者に対しての対策なら一つだけあるよ。それは相手をしっかりと観察すること」
対策を考える星那に対して、暗霧が助言する。
「暗霧の言う通り、相手の観察は特に大事になってくる。相手がどういう能力なのか、断片的にでも見極めることが能力者相手だと必要だ」
「ふむ……わかった!気をつけるね」
星那はやる気に溢れた表情で返事をした。
「さて……今日はもう寝よう。開戦は7日後だ」
「はーい」
「おやすみ、瑞稀くん、星那ちゃん」
そうして、俺たちは各々の生活する部屋に戻った。
***
そして、開戦の日は訪れた。
帝国大戦 星月 @erutya
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