第2話 参戦表明
「ふぅ……漸く終わったな」
張り詰めたような緊張感から解放され、俺は息を吐いて星那に言った。
「……お疲れ様、瑞稀お兄ちゃん」
星那は珍しくテンションが低かった。まぁ、あの人間が相手なら仕方ない所もあるか。
「とりあえず、俺の部屋に戻ろうか」
そう言って俺が仮面と手袋を外すと、星那も【透過忍術】を解除し、可憐な素顔が露わになった。
「うん。……ねぇ、瑞稀お兄ちゃん」
俺と星那しかいない静かな応接間に、星那の詰まった様な細い声が響いた。
「……どうした?」
「……本当に、あの人の……政府の依頼で西行を巻き込んで良かったの……?」
「……何か裏があるのは間違いないだろうな。……でも、良いんだ。さっき、俺があの男の依頼を断っていれば、西行の評価は落ちることになった」
甘えるように俺に抱きついてくる星那の頭を優しく撫でながら、そう言った。
(それに――これが、俺と星那が一番平穏に楽しく生きていける道だろうし……な)
「でも…………ううん、瑞稀お兄ちゃんがそれで良いなら私はそれでいいや」
「何かあれば遠慮なく言っていいんだぞ?」
「うん」
「……さて、組織の者達を集めよう。参戦表明をする」
星那にそう声を掛けて手を差し出すと、星那は抱きついていた形から離れ、差し出した俺の手をぎゅっと握った。
俺は来た時と同じ不思議な円――
***
「――お帰りなさいませ。瑞稀様、星那」
俺と星那が部屋に転移して戻ってきた瞬間、夜深がぺこりとお辞儀をしながらそう声をかけてくる。若干息が荒い様に見えるのは気のせいだろうか?
「ねぇ、夜深?」
星那は転移してくる前の甘えるような雰囲気は無く、何やら夜深に憤りを覚えているようだった。
「なんです?星那」
夜深はなんでもないように平静を装いながら星那に返事する。
「なんで瑞稀お兄ちゃんは"様"付けで呼ぶのに私だけ呼び捨てなのかな?」
そこかよ。俺は思わずそう突っ込みたくなるのを抑えつつ、2人の様子を観察していた。
「なんで?簡単なことでしょう。瑞稀様はこの西行という組織の頂点、"天如"です。対して星那、貴女は"紅赫"で私は"碧蒼"です。同じ幹部同士なのですから、私が貴女に"様"という目上の人に対する敬称を付ける必要は無いでしょう?」
確かにそうだか、そこまで拘ることなのか……?
「そういう問題じゃないでしょ!?私は瑞稀お兄ちゃんの血縁なの!敬意を向けられるのは当然でしょ!」
「ガキですか。大体、貴女も私も同じ19歳で、誕生日も同じでしょうが。組織内での地位も、年齢も、誕生日すらも差が無いのだから対等でいいでしょうに」
そういえばこいつら2人とも誕生日一緒だったな……いや、同い年だからって誕生日がどっちが先かどうかで上下決めようとしてたのか……?小学生かよ、こいつら。
「まあまあ、2人とも――」
「瑞稀お兄ちゃんは私の味方でしょ……?」
空気に徹していた俺がそろそろ止めに入ろうとした途端、星那が上目遣いで俺に訊いてきた。
(俺が星那のそういう顔に弱いの、分かっててやってんだろうなぁ……)
「確かに俺は星那の味方だけどな?俺からしてみれば呼び方なんぞ――」
どうでもいい、そう言おうとした途端、星那は俺の言葉を遮って言った。
「ほらぁぁ!!夜深、聞いたでしょ!!瑞稀お兄ちゃんは私の方が夜深よりも偉いって!!」
ん……?まてまて、そんなこと一言も言ってないぞ……?
「はぁぁ!?星那、貴女の耳は節穴ですか??それとも脳みその大きさがミジンコ程度しか無いのですか!?瑞稀様は一言もそんなこと言ってませんでしたよ!!」
いかん、更にヒートアップしてしまった……これに関しては夜深の言う通りなのだが、こうなってしまえばお互いに意地になって譲らないだろう。
この2人、俺が用事で居ない時とかは割と仲良いって暗霧から聞いてたんだけどな……なんで俺が居る時はこうも犬猿の仲みたいになるんだろうか。
「んっ゛ん゛ん゛……とりあえず、2人とも落ち着け」
咳払いをしつつ、俺は2人を止めようと口を開いたのだが――
「瑞稀お兄ちゃんははっきり言ったもん!!」
「だから言っていないと言っているでしょう!!貴女には耳と耳から受けとった情報を処理する脳みそが無いのですか!!」
というように、一向に収まる気がしない。
……仕方ない、これ以上ヒートアップする前にちゃんと止めるか。
「星那、夜深」
俺は口論をしている2人に刺すような鋭い目つきで視線を向け、はっきり聞こえる大きさで、普段の少し高めの声を一変させてドスの効いた低い声で、若干の殺意を込めて2人の名前を呼んだ。
「「っ……!!」」
2人は直ぐに黙り、互いにそっぽを向いた。星那は久々に俺に怒りを向けられたからか、少し涙目だった。対する夜深は少し青ざめながら下を向いて申し訳なさそうにしていた。
(……さて、ちゃんと止まったし、これでよしとしようか。)
「……よし。これから西行が帝国大戦に参戦することを組織全体に伝えなければいけない。あまり時間があるとは言えないからな、急いで準備しろ」
俺はいつも通りの緩い雰囲気に戻り、参戦表明の準備をするように伝える。
「承知しました」
「はーい……」
夜深は少しホッとしたように答え、俺の部屋を出ていった。組織全体への伝達と集合を行っているだろう。相変わらず切り替えの早い奴だ。
星那は…………ものすごくしょんぼりしている。今にも溢れそうなほど目尻に涙を溜め、重い足取りで俺の部屋をとぼとぼと立ち去っていく。……少しやり過ぎただろうか?いや、俺がああやって止めないといつまでも続いただろうし……
俺は自分にそう言い聞かせ、瑞稀という1人の人間から西行の長、"天如"としての振る舞いに切り替えた。
「……さて、ぼちぼち大講堂に向かうかね」
そう呟き、グラスに注いだコーラを飲み干し、ゆるりと歩き出す。
***
「……ふぅ、あんな風な瑞稀様は久々に見たなぁ……怖ぁ」
私――夜深――は瑞稀様の命令を遂行する為、組織全体への連絡を専用の端末で行っていた。
「えーっと……?『"天如"様より組織全体への招集がなされた。速やかに第一大講堂へ集え』で、良いかな?」
端末にそう入力し、組織の秘匿回線の連絡網に送信する。
「さーて、後は組織に所属する者達が集まるのを待つだけだ〜!
……そういえば、星那ちゃん、大丈夫かな……あの子、瑞稀様のこと大好きだからなぁ……落ち込んで引きこもらなければいいけど」
私は誰もいない部屋で一人、そう呟いていた。
「……誰が、落ち込んで引きこもるって?」
声がした。さっき瑞稀様に怒られるほど言い合ったあの声が。
「あれ、結局こっち来たんだね、星那」
星那ちゃん……なんでこっち来ちゃうかなぁ……まだほとぼり冷めてないんだからまたヒートアップしちゃうかもだし……
「瑞稀お兄ちゃんに準備しろって言われたもん……」
星那ちゃんは不貞腐れたように斜め下を向いてそう言ってくる。
正直、こういう瑞稀様の命令の時は何より素直なところが憎めないんだよね。
「なーんだ、それで私の方に来たの」
「…………うん。何か私にできること、ある?」
「ん〜、さっき組織全体への連絡はしたし、あとは集まるのを待つだけだからあんましやることは無いかな」
「……そっか。じゃあ、私たちも早めに集まりに行く?」
「ん……いや、少しだけ私と話さない?」
ちょっとだけ、ずっと気になってることあるんだよね。
「え……?まぁ、いいけど……今更どしたの」
星那ちゃんは少し怪しんでる感じだなぁ……素直に答えてくれれば良いけど。
「えっとね……なんで、星那はそんなに瑞稀様に懐いてるのかなって。ほんとに今更だけど気になったのよ」
「…………あぁ、それね。」
星那ちゃんは間を空けて、口を開く。
「私と瑞稀お兄ちゃんが血縁なのは知ってるでしょ?」
「うん」
「それだけ……じゃだめかな?」
「理由としては弱くなーい?」
きっと、話したくない理由があるんだろう。でも、これから大戦で背中を預けるんだからこれくらいの事は聞いておきたいよね。
「やっぱそうだよねぇ……」
星那ちゃんは少し悩んだ末に、私に少しずつ話し始める。
「夜深ちゃんは私と同い年だから、覚えてるのか分からないけど……"妖の逆鱗"っていう事件があったの」
"妖の逆鱗"って……確か相当上の身分の人の子供の力が強大すぎたから封印しようとした、みたいなやつだったっけ……?
私はこくり、と頷きながらじっと話を聞く。
「その事件ね、私なの」
「……は?」
「16年前、私達がまだ3歳だった頃の話。私は"妖鬼"って呼ばれて畏れられてた。幼い頃から力が強すぎて限られた人しか私に近づけなかった」
"妖鬼"はこの世界でもかなりの上位存在のはず……現人神レベルじゃないっけ……?
「そんな時にね、私といつも遊んでくれたのが瑞稀お兄ちゃんだったの。……それでね、"妖の逆鱗"が起きた時に暴走した私を止めてくれたのも瑞稀お兄ちゃん」
「えっ……」
私は唖然として口を開けていることしか出来なかった。
「ま、これが私が瑞稀お兄ちゃん大好きっ子な理由……かな?」
「……なるほどねぇ、まさかそこまでちゃんと重い理由だとは思ってなかったけど……」
「えぇ?でもさーあ?聞きたいって言ったの夜深ちゃんだよ?」
「そうだけど……」
まさか私はそこまで重い理由なんて思ってなかったからなぁ……と考えつつ、言葉を紡ぐ。
「ん……まぁ、細かいことはもういいでしょ?」
「そうね。ある程度話してもらったし、一旦引き下がるよ」
「一旦って何よ……」
一旦って言ったのは、まだ星那ちゃんが全部を話してないと思ったから。いずれ全部話してもらうし、さっきの話もあんまり詳しくは語ってくれてないっぽいしね。
「いつか、星那が私に全部を話してくれる事があるって信じてるから」
私は星那ちゃんの目をまっすぐ見てそう伝える。
星那ちゃんはきっと、同じ組織の人だとしても瑞稀様以外誰も信じてない。だから、この帝国大戦をする中で話してくれるくらい信じてくれたら嬉しいな。
「……そう。まぁ、気が向いたらまた話すよ」
星那ちゃんは一瞬光のない鋭い目つきをした後、すぐに元のふんわりとした優しい目つきに戻り、私にそう言った。
「さて、そろそろ組織の皆も集まった頃じゃない?早く行かないと瑞稀お兄ちゃんにまた怒られちゃう」
「あっ……ほんとだ……早く行かないと……!」
そして、私と星那ちゃんは急いで部屋を出て大講堂へと向かった。
***
「…………遅い」
星那と夜深は何をしているんだ?西行に属する者達はもう殆どが集まっているというのに。
「瑞稀お兄ちゃん……!ごめん……!」
「申し訳ありません、瑞稀様。少々遅れてしまいました」
俺が2人を待っていると、すぐに2人が大慌てで大講堂の幹部以上が出入りする扉から入ってきた。
噂をすればなんとやらというやつだ。
「一体どうしたんだ?」
俺が問いかけると、2人は気まずそうに目を泳がせながら黙った。
「…………まさか、また喧嘩してたんじゃ」
俺がそう疑って口にした瞬間、2人は咄嗟に否定した。
「違うもん!」
「違います!」
「そうか……なら良いんだ。さて、そろそろ重大発表と行こうか」
喧嘩では無かったようで安心したのも束の間、俺は大講堂のステージへと登壇し、スポットライトに照らされる。
「西行に属する皆の衆、よくぞこの急なタイミングでの招集に動じず時間通りに集まってくれた」
俺は軽く身振りを入れながら言うと、大きな拍手が俺に送られた。
「さて、早速本題だが……先程、政府の上層部が直々に俺に帝国大戦に参加しないか、と依頼という体で申し出てきた」
大講堂に集まっている千余りにも及ぶ構成員達は俺の言葉に驚いたのか、少しザワついていた。
「そこで、だ。俺はその依頼を受諾した」
俺の言葉が終わる度「おぉ……!!」という声があちこちから飛び交っている。
「この帝国大戦は基本的に組織単位で参加すると言われたので、俺は今回、西行も巻き込んで参加する事にした。
諸君らの不安は尤もだが、俺や幹部達が要所要所で最前線に出て戦うつもりだ。だから安心して欲しい。命の保証はできないが、手の届く範囲では守ろう」
感嘆の空気は一気に不安が大きい空気へと変化した。当然ではあるだろう。だが、実際この帝国対戦は命懸けの戦争だ。死者が出ないようになどと甘い考えを持っている暇は無い。
「折角重い腰を上げたんだ、やるからには絶対に勝つ。この帝国大戦の監督は政府だ。誤審は絶対に無いはずだ。
……さて、諸君らには俺から問いたい。
"俺のために、その命を捧げてくれるか?"」
俺がその言葉を紡いだ瞬間、大講堂を飲み込む勢いで歓声が包んだ。
「皆、ありがとう。俺は諸君らに感謝せねばなるまい。
開戦までおそらくあと数日しか無い。それまでに各々準備をしてくること。そして、命をかける覚悟をすること。
以上だ。これでこの会は解散とする」
俺はそう言い放ち、十人十色と言っても過言じゃないであろう構成員達が大講堂から去っていくのを少しずつ見ていた。
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