帝国大戦
星月
第1話 終の帝国
人の世にはかねてより黒い感情が渦巻く。それに善も悪もない。全ては自らにとっての得の為。その為ならばどんな手を使おうと厭わない。
それが――
『人間』というこの世の醜さの象徴だ。
***
ソファに座り、優雅にワインを嗜んでいる薄暗い部屋の中、魔法によって緊急でテレビに映されたものを俺は見ていた。
『帝国を統べる皇帝を選定する』
帝国政府が帝国全体に向けて【視覚表示魔法】を用いた大々的な発表だった。
政府が発表した内容を要約するとこうだ。
代々受け継がれてきた帝国の皇族は潰えた。よって、我らの帝国を統治するに相応しい皇帝を選定しようと思う。
選定する内容は簡単だ。ただ皇帝の選定に立候補する者同士で戦い、どんな手を使ってでも"勝利"すること。
最後まで勝利し、残った者のみが王の座を得る。
まぁ、なんともバカバカしい。一国を統治する者に相手を屈服させる力を示すだけでなれるなんてな。
力もありまともな人間でない限りはこの帝国に未来は無いだろうな。
「ねぇ、瑞稀お兄ちゃん!」
おっと、騒がしいのが来たな。
「どうした?星那。何か嬉しいことでもあった?」
名前を呼び、ソファに座ったまま上半身だけ声がした方へ向きながら聞くと、案の定、肩甲骨の下辺りまで伸びた綺麗な赤色混じりの茶髪を持つ少女、
星那は俺――
「嬉しいこと、ではないけどさー?瑞稀お兄ちゃんも見てたでしょ?」
前かがみになってソファの背もたれの部分に両肘をつき、星那の顔が近づく。
「あぁ、皇帝の選定とかいう話?」
近いぞ、と言いながら俺は再び前を向くと、星那は「えぇ〜?」と少し不満げに言葉を零しながら俺の首に腕を絡め、抱きついてくる。
「そうだよ〜。どうする?参戦する?」
目を瞑り、頬を擦りよせながら星那は問うた。
「俺としてはあんま興味無いな」
俺は淡々とそう言う。
実際、こんな帝国の王の座などに興味は無い。というより、人間など所詮醜悪な欲望を持った醜い動物でしか無い。そんなものの上に立った所で利点などあってないようなものだろう。
「なんでよ〜。瑞稀お兄ちゃんなら簡単でしょ?」
「簡単、ではないだろうな。この国は腐っても戦争国家だ。強い奴なんていくらでもいるだろう」
この世界に存在する"力"にはいくつか種類がある。
魔法、異能力、妖術、忍術、特別な武器である神器。
神器以外の4つの力は生まれ持っているものだ。基本的には一族や血縁と似たような系統を受け継ぐ。能力は特に例外として今までの系統に無い新たな固有系統を持って生まれることが多いが、それでも稀だ。神器も例外はあれど、一族に伝わるものを受け継ぐことが多い。
その"力"の所有数は人や血筋によって
神器には古くから意思が宿ると言われている。太古より存在する神話上のものだ。故に、神器はその意思をもって持ち主を選ぶ。
この不確定要素たる"力"がある以上、絶対という言葉は存在しないし、簡単に勝てるという保証は無いのだ。
「それでもだよ?私は瑞稀お兄ちゃんより強い人なんて知らないし」
当然でしょ?とでも言いたげな声色で星那は言い放つ。
「きっと居るさ。俺より強い奴なんて――」
俺がそう口にした時、不意に部屋の扉が叩かれた。
「なんだ、急用か?」
そう扉の向こうに居るであろう人物に声を掛けると、ゆっくりと扉が開かれ、姿を見せたのは肩上までの短めの青髪をしたメイド服を着た少女。
「失礼しますわ、瑞稀様」
ぺこりと軽くお辞儀をしながら、優雅な仕草で此方に歩いてくる。
心做しか、星那の腕の力が強くなった気がする。
「あぁ、
「……瑞稀様、
瞬間、俺と星那の緩い雰囲気が凍った。
夜深の言った名を持つ男は、この帝国政府の上層部の人間の名だ。そして――
「……瑞稀お兄ちゃん、どうする?」
星那は真面目な顔で言う。
「……分かった。俺が直接話を聞こう。華族用の応接間に通してくれ」
少し悩んだが、流石に帝国政府のお偉いさんからの依頼の話を聞きもせずに蹴るのは良くないだろう。気は進まないが、話を聞くとしよう。
「畏まりました。では部下にそのように」
夜深は機械的にそう言うと、どこからかスマホを取り出して部下に連絡を行ったようだった。
仕事は早いのだが、メイドになりきっているのか綺麗な立ち姿で傍に控えている。なぜ自分で案内しに行かないのだろうか……?と思ったのは内緒だ。
「そうだ、星那はどうする?一緒に来るか?」
一応、聞いてはみたが……あまり乗り気になれるような話では無いだろうな。
まぁ、無理にと言うつもりは無いしどちらでもいいのだが。
「……うーん……瑞稀お兄ちゃんが心配だし、ついて行くよ。どうせ素顔は隠すんでしょ?」
星那は珍しく長く悩む素振りを見せ、結論を出した。
「あぁ、顔は勿論隠す。俺は仮面で隠すが……星那は【透過忍術】の応用でなんとかなるだろ。着いてくるのは無理にとは言わないが……」
【透過忍術】とは、読んで字のごとく"隠す"事に特化した術の事だ。
人が生まれ持って、または受け継いで自らの力とする最大5種類まで使えるもののうち、妖術と忍術は似ているがはっきりと違いがあるのだ。
妖術は"攻撃"に特化しているもの。忍術は直接攻撃はしないが"サポート"に特化したもの。
両方とも"妖力"と呼ばれる、ある大樹から取り込んだ特殊なエネルギーを扱うことで発動できる。
「ううん、着いていくよ。瑞稀お兄ちゃん1人じゃ心配だし」
星那は綺麗な空色の瞳をまっすぐこちらに向け、はっきりと言った。
(……まったく、あの泣き虫だった星那が……)
「分かった。じゃあ星那、行こうか」
俺はそう声をかけソファから立ち上がり、パソコンと複数のモニターなどが設置されているビジネスデスクの引き出しから白と黒が基調となっている狐の仮面と黒い手袋を取り出し、部屋の端にある白く淡い光を放つ円に歩を進める。
「うんっ!瑞稀お兄ちゃんと依頼の話を受けに行くのいつぶりだろ〜」
先程までの真面目な雰囲気は何処へやら、星那はいつものように無邪気に返事をすると、俺の立つ円の元へ歩いてきては腕を絡めて離そうとしない。
「夜深、行ってくる。もし何かあれば連絡してくれ」
「……行ってらっしゃいませ、瑞稀様、星那」
空いている右腕で夜深に手を振り、そう挨拶をすると、夜深は深くお辞儀しながら円に仕込まれた妖術が発動し応接間に転移する俺たちにそう声をかけて見送った。
「はぁ……確かにあれはカプと認識できるくらいは仲良いというかイチャコラしてるというか……
瑞稀の部屋に一人残っていた夜深の、最近の密かな楽しみとなった瞬間の独り言であった。
***
「お、まだ居ないな。星那、今のうちに《透過忍術》で顔を隠しておけ」
華族用の応接間へと転移して到着した俺と星那は、星月 魁星がまだ到着していない事を確認し、持ってきた仮面と手袋を装着しながら星那に指示した。
「あ、そうだった。忘れないうちにやっとかないとね〜!」
元気よく星那がそう言うと、指で簡単に印を結び右手をスライドしながら顔に翳す。その瞬間、星那の顔が影の様になり隠れる。
「俺が全部話すから星那は見守っててくれ」
「うん、任せて!」
この件はきっと星那には荷が重いだろう。
「……そろそろ来るぞ」
この部屋に歩いてくる気配を感じ、俺と星那はふわふわとした空気を真面目な空気へと変える。応接間に設置された向かい合わせになっているソファとその間の長机があるが、俺と星那はその上座に座った。
「……おや、お待たせしたみたいだね」
ガチャ、とドアノブを捻る音と共に応接間の扉は開かれた。そこから姿を表したのは少し白髪が混じってきている中年くらいの優しそうな顔をした男。星月 魁星だ。
「いえ、お気になさらず。どうぞ、おかけになってください」
俺は人の良さそうな声――所謂よそ行きの声――でそう声をかけ、星月 魁星にソファに座るように促す。
「これはご丁寧にどうも。早速だが、依頼の話に入ってもいいかな?」
星月 魁星はソファの方へと歩き、ゆっくりと俺と星那の対面のソファに腰掛ける。
(……早速依頼の話か。よっぽど大事は話らしいな……)
「……えぇ。聞きましょうか、便利屋『西行』の長たるこの俺に直接依頼したいものとやらを」
政府のお偉いさんが相手だろうと対応は変えない。俺は星那と共に自由に生きると、そう決めたあの日から決めていた。
「では早速……単刀直入に言おう。君にこの国の王になってもらいたい」
まさかとは思ったが、本当にそんな依頼をしに来たとは。正気か??
「……正気ですか?一組織の長に国の王になれ、などと」
「勿論、正気だとも。これは我ら政府が協議し、決定した事だ。『西行』の長たる貴殿に是非とも勝ち残ってもらいこの国を治めてもらおう、とな」
やはり正気とは思えないな。たとえ大きい組織の長であろうと、上層部が自ら依頼をしに来るなど。
「そうですか……では、報酬と条件次第では受ける、ということで」
隣の星那が驚いたように俺の方を向いた。俺は気にせずに続ける。
「今我ら政府が考えている報酬は2つだ。
1つ目は『西行』への報奨金100億円を与えること。
2つ目は『西行』の長である貴殿にこの国の統治権、最高決定権などの権力と王としての椅子を与えること。
そして条件としては、『西行』か貴殿が最後まで勝ち残ること。これだけだ。
以上のものだが、如何だろうか?」
ふむ……政府にしては比較的好条件だろうな。しかし……組織単位で動く以上、被害を受けることは避けられないだろう。ならば……
「では、此方からのお願いがあるのですが。政府からの情報提供を随時お願いしたい」
そう。最も重要なのは情報だ。政府は王の座をかけて争う事に対しての縛りは無いと言ったが、それはあくまでもその大戦に参加することを政府に表明しなければならない。
故に、政府には参加表明をした者、組織の全ての情報が集まる。きっと、政府が依頼したのは『西行』だけではないだろうが、それでも他に1つか2つあるかどうかという程度だろう。
大戦ではどんな手を使おうと許されるという条件な以上、情報はそれだけ大きな意味を持つ。
「……ふむ、妥当な提案だろうね。承知した。我ら政府から『西行』への定期連絡として情報提供を行うことを約束しよう」
思ったよりもあっさり通ったな……何か狙いでもあるのだろうか?
星月 魁星は数秒考えた後、すぐに答えを出した。
「助かる」
「では、これで政府から『西行』への依頼は正式に受け付けられた、ということで宜しいのかな?」
「あぁ。我ら『西行』は帝国の皇帝を決める選定大戦に参加する」
俺は星月 魁星の目をじっと見つめ、そう宣言した。
これから今までになく忙しくなるな。組織単位で参加する以上、組織に所属する者達にも伝えないとな。
やることが多積みだ。どんな敵が待ちわびているのか分かったものじゃないが、精々負けないように頑張らないとな。もう、誰も失いたくはないし。
「うむ、その言葉が聞けて満足だ。では、私はこれで失礼するよ」
星月 魁星はそう言い立ち上がると、入ってきた扉を開け放ち、ここまで送ってきた『西行』の構成員の案内の元、去っていった。
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