第8話 月
『判定の儀』が終わった後、転移者に食事が振る舞われることになった。ささやかながら、歓迎の席を設けるとのことだ。
サーゲイルや隊長の様子を見るにつけ、先ほどの惣治・・・・ではなく、橘莉紗(女教皇)の懸念の表明は異世界の人々を動揺させるものがあったようだ。
妥協とは言わないまでも、連中の態度が少しでも軟化するのは歓迎すべきことだ。惣治はそう考えた。
本当の歓迎セレモニーは、王宮にて国王主催で催されることになっていると話した後、サーゲイル・ロードは「私にはこの後少々、やることがあるので」と言い残し、一人で部屋から出ていった。
例の隊長を先頭に、次に案内された部屋は、いかにも食堂といった作りで、奥に厨房が見えた。部屋にはメイドと思われる使用人の若い女性が4人いて、丁寧にお辞儀をする。惣治たちに続いて5人の兵士が部屋に続く。
部屋の中央に据えられた大きな長方形のテーブルには、既にいくつか料理が並べられており湯気を立てていた。ふと気が付けば、壁にガラス窓があり、そこから屋外が見える。
外は既に暗闇に包まれていた。今が何時かは分からないが、そういえば夕飯の弁当を食べ損なったことを惣治は思い出した。
席は決められ、惣治以外の6人は、男女向かい合わせで席に着いた。惣治はテーブルの一番端の席に座らされた。
惣治の席の隣には、隊長と呼ばれた、黄金に輝く鎧を着た肌の黒い男が立っている。
食事の内容は、ブール(丸形のフランスパン)みたいなパンと、何かの肉の入ったシチュー、ソーセージ、おそらくワインと思われる飲み物が注がれたグラスまで置いてあった。
惣治は、今更、毒などの変な薬を仕込むことはないだろうと意を決し、匙でシチューを掬って口に入れた。
意外とイケる。味もやや塩気が強いが、素朴な味付けといった感じで悪くない。パンも以外とやわらかい。食事が始まると、後から葡萄やリンゴのような果物も運ばれてきた。
全員、最初はおずおずと食べ始めたが、途中から口に運ぶスピードが上がっていった。思いはみな同じだったのだろう。食事が進むうちに、徐々に気持ちもほぐれたのか、誰とはなく会話が始まった。
会話の中心は、以外にも真崎葵で、自分は東京の高校に通う17歳で、熱心なライトノベル読者だったことから異世界に憧れていたことなどを話し始めた。
真崎にとってもやはり、橘、原野の二人の少女が気になるらしく、あれこれと話題を振って歓心を買おうとしているようだった。
真崎の会話の内容で女子二人が喜ぶとは到底思えなかったが、それでも気は紛れる。惣治も真崎から色々と聞かれたが、当たり障りなく答えていた。ただ、何を聞かれても、金本だけが無言を貫いていた。
そんな中、アダムがアメリカ人、ファンが中国人だということが分かると、真崎は
「アダムさんもファンさんも日本語が本当に上手いね。・・・・ていうか、あれっ?そういえば、異世界人のサーゲイル・ロードとかいう人は、なんで日本語が話せるの!?」
と、かなり今更な疑問を口にした。すると、惣治の隣に立っている隊長が、「ちょっと、いいか」と会話に割り込み事情を説明し始めた。
「それは、貴様らがこの世界に召喚されたときに、神の力と共に得た力だ。貴様らは、自分の国の言葉でそれぞれが話しているつもりだろう。しかし、それは違う。貴様らが話している言葉は、この世界の大陸公用語だ。私や、サーゲイル・ロード殿のように、大陸公用語を学んだものは勿論だが、田舎出身の兵士も、ある程度までは話すことができる。」
「へ~、アタシもなんで日本人の言葉がわかるのか不思議だったんだけど、それでね。納得したわ」
「当然だよ!やっぱり言語チートは召喚モノの基本だからね。」
ファンと真崎は、大いに感心していた。二人の反応に気を良くした隊長は「そうだ、今宵は、丁度美しく出ているから貴様らにも見せてやろう」というと、兵士に合図する。兵士は直ぐに食堂の壁を覆うカーテンを開く。
「「「「「「「 あっ!! 」」」」」」」
惣治たち7人の驚きの声が重なった。カーテンに閉ざされていたテラスへと続く大きな掃き出し窓から見える夜空には、大小二つの月が浮かんでいた。
青白く輝く大きな満月と、その半分ほどの大きさの琥珀色に輝く小さい満月。
二つの月の放つ美しさ、圧倒的な存在感には、嘘や詐術で騙されているのかもしれないと疑う気持ちも吹き飛ばされた。
もはや転移者の7人の誰もが、ここは異世界なのだ、と実感した。惣治も、この二つの月の前に沈黙する外なかった。
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*この世界の月*
大きな月(ルシーン)は、新月から満月まで30日で一周する。小さな月(アイ)は、20日で1周する。よって、ダブル満月(ルシニーという)は60日に1度訪れる。
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