第2話 突然起きる異世界への転移
実家からの仕送りだけでは物価高の東京では到底暮らせない。惣治も、大学が終わればアルバイトに勤しむことになる。何処にでもいる普通の大学生の日常。
その日も、仕事終わりにバイト先のスーパーから、お目こぼしで夕飯用に売れ残りの弁当をもらい、自転車で自宅のアパートに帰ろうとしていた。
惣治が自転車でいつも通る交差点に差し掛かった時、それは起きた。歩行者赤信号の横断歩道を、唐突に黒猫が表れ、自転車の進路を塞いだのだ。
東京の夜は、夜道といっても明るい。惣治は直ぐに黒猫に気付き、衝突を避けようと、自転車に急ブレーキをかけた。
キキッ!という甲高いブレーキ音が辺りに響いた。寸でのところで衝突は避けられた。だが、異変はそれからだった。
黒猫は逃げることなくその場に立ち止まると、逆に文句でもあるかのようにふてぶてしく、のし、のしと惣治に近づいてきた。
——なんだ、この猫
惣治は猫の異様さに気圧された。すると刹那、猫の目が青白い強い光を放って輝いた。惣治は眩しさで目をつぶる。
その直後、惣治の乗った自転車の周囲に、猫の目と同じ青白い光で、複雑な文様が多重の円形となって浮かび上がった。
「なんだ、これ!」
惣治は、突然始まった怪現象に危険を感じ、自転車でその場から逃げようとした。だが、ペダルもハンドルも全く動かない。
「くそっ、どうなってんだ! 何なんだ、いったい!」
自転車を捨てて、逃れようと道路に両足で立つと、更なる怪異が惣治を襲った。
ズブズブと惣治の体は、道路の中に沈み込んでいくのだ。
「嘘だろ!こんなっ」
惣治は、何かをつかんで助かろうと右手を必死に伸ばすが、その手は虚空をさまよう。自転車の車体を掴もうとしたが、指は車体をすり抜けて掴むことができない。
沈みゆく惣治が最後に見たのは、黒猫の見下すような顔だった。
地中に引きずり込まれたはずなのに、惣治の肌が何かに擦れる感覚はない。滑らかに、下へ下へと沈み込んでいくのだ。もちろん何も見えない。声も出せない。そして、ある瞬間、ズンという重い衝撃とともに一気に加速して落ちる。そこで惣治の意識は途絶えた。
元の交差点には、横たわった惣治の自転車と、自転車のかごの中でひっくり返った、売れ残り弁当が残されていた。
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