第12話

ニコに続いて岩の裂け目へと入ると、中は一筋の月明かりさえさしておらず、真っ暗闇が続いていた。


「ニコ、こんなに暗いのに大丈夫なの?」


真っ暗闇の中、私にはニコが見えないので少し大きめの声で話しかける。


『ああ、ずいぶん長い間人と接していないので忘れていました。この暗さでは見えませんよね』


ニコがそういうと、何も見えなかった暗闇に一筋の光が差した。


急に発生した光源に目を細めながら、その先を確認するとどうやらニコのか片手がライトになっているらしい。


『これで少しは見えるようになったでしょうか』


「うん、でもつける前に一言ほしかった」


『ははは、申し訳ありません』


ニコのライトで少しは周りが見えるようになったものの、その光は周囲を少し照らす程度で、この場の全容を把握できるほどではなかった。


それでもわずかに見えるようになったあたりを見渡してみると、暗闇の中では気が付かなかったが、自分たちの足元にうっすら水が溜まっているのが見えた。


「この岩の中、水が流れ込んできてるんだ」


『岩の中全体に水たまり程度だけど、水が張っているみたいだね』


『真ん中のほうは、少しですが水が張っていないところがあるみたいですよ。ほらあそこ』


そういってニコがライトを当てた先には、確かに少しだけ砂が積もって水が張っていないところがあった。


ニコが目的地はそこだというので、私たちは足元に注意しながら、その中心部に向かう。


ライトに照らされる水はきれいに透き通っていて、こけたりすることもなく中心部までたどり着くことができた。


「ねえ、ここが館長さんの言っていたきれいな景色が見えるところなの?確かに水はきれいだけど、暗くて何も見えないよ?」


『場所は聞いていた通りですね、この岩の中の砂の積もった中心部が館長が生前に言っていた場所です』


『しかし、アンドロイドである僕たちには暗闇でもはっきり見えているわけだけど、これといって特別なものは何もないよね?』


どうやらヘルメスにも特別なものは何も見えていないらしい。


館長さんがさっきの砂浜以上の景色だと思ったものは何だったんだろうか。


『直きにわかりますよ。もうすぐ日の出の時間ですし』


ニコはもったいぶったようにそういった。


もうすぐ日の出だというが、ここからでは日が出てきてもわからないのではないだろうか。


ニコの言葉に私とヘルメスが首をひねっている時だった。


暗闇の中にいくつかの光点が現れたかと思うと、その光点は徐々に大きくなっていき、岩の中が少しずつ明るくなってきた。


まっ、まぶしい。


先ほどと同じく、急な光に今度は思わず手で光をさえぎる。


壁に到達した光が、壁のいたるところで何かに反射し、さらに水面に反射することで岩の中に光があふれる。


急激な光量の変化に目の前が真っ白になった。


何度か瞬きを繰り返す。


少しづつ戻ってきた視界には、想像もしていなかった光景が広がっていた。


「…っ」


思わず息が漏れる。


視界を埋め尽くすような七色の光。


どういった原理なのかはわからないが、虹の帯が私たちを包むように、私たちの周りに漂っていた。


この光景によって生まれた感情を、言葉として口から出そうとするけれど、うまく言葉が紡がれず、音のない空気の流れとして喉の奥から通り抜けていく。


まだまだ幼い私は、目の前の景色をうまく表現するような言葉を刻んでいなかった。


もどかしく思いながら、止められない感情に従って幻想的な風景に手を伸ばしてみるも、伸ばした手は空を切り触れることはかなわない。


『これは驚いたな。この壁に埋まっているのは全部プリズムライトかい?かなり珍しい鉱石のはずだけど』


「プリズムライト?」


どんな鉱石なんだろうか?初めて聞く名前だ


『プリズムライト、虹の石とも呼ばれる鉱石で人類が滅亡する50年ほど前に発見された鉱石なんだ。この石に太陽光を通すと帯のように石から虹ができるという特徴を持っていてね。発見されてすぐにウイルスが蔓延したからかなり珍しいものだよ。』


「そうなんだ。でもなんでそんな珍しい石がこんなところにたくさんあるの?」


そんなに珍しい石なら、誰かが見つけて持って行ってしまいそうなものである。


『この辺りにある岩は、昔近くの火山の噴火によって飛んできたものだそうです。プリズムライトは火山近辺から発見されていたので、それが原因だと思います。回収されずに残っているのは、この景色が朝日が昇り始めて数分しか見られないものだからでしょうね。館長も偶然発見した、と言っていましたし』


「なるほど…」


確かに朝日が昇り始めて数分しか見れないのであれば、見つけられる人はほとんどいなかったのだろう。


日の出ていないような時間帯に、何の目的もなくこんな暗い岩の中に入るような人はまずいない。


そこでふと疑問に思う。


「ねえ、この景色は館長さんが発見したんだよね」


『はい?そうですよ』


「じゃあさ、なんでニコが見せてくれた写真の中にこの場所の写真がなかったの?」


私はニコが見せてくれた写真を思い出す。


世界中の様々なところの写真を見せてもらったがこの場所の写真はなかったはずだ。


あれらの写真を見るに、館長さんならこんな景色があったら絶対に撮影していると思ったのだけれど。


『あー、なるほど。確かに気になりますよね。館長の他の写真を見れば、こんな場所があれば写真を撮るはずだろうと』


「うん」


あんなに写真が好きならば、絶対に撮るはずだ


『館長はこの時カメラを持ってはいたそうです。撮るつもりもあったと言っていました』


「じゃあ、なおさらなんでとらなかったの?撮るのを忘れるぐらい綺麗だったとか…?」


『いえ、あえて撮らないことにしたそうです』


「…?どういうこと?」


『写真はその場の景色をそのまま形として残すことができます。そしていつでも何度でもその時を思い出しながら、そのままの様子を見ることができる。しかしそれは同時に、特別だったはずの景色をいつでも見ることのできる特別ではないものに変えてしまいます。それに対して、記憶の中の思い出は、時間が経つにつれそっくりそのままの状態で思い出すことはできなくなっていきます。その代わりに、時間が経つにつれてより特別に、より美化されて美しいものになっていきます。だから館長は、この景色は写真に撮らず、思い出の中だけにしまうことにしたそうです。』


「前といってること違うくない?」


旅の最中にニコの言っていたことを思い出す。


ニコは確か、写真は特別でなかった瞬間を特別なものにすると言っていたはずだ。


『ははは、違うくはないですよ。ただ写真には撮ることによる特別も、撮らないことによる特別もあるというだけです。』


「撮ることによる特別と撮らないことによる特別…、なんだか難しい話だね」


『そうかもしれません』


「でもね、館長さんの言いたかったことは少しわかったよ」


そういって私は目の前の光景へと目を向ける


「きっとこの感動は今この時にしか見れないからあるもので、何度も簡単に見れたらなくなってしまう。だから、館長さん思い出の中だけにしまうことにしたんだね」


新しいものを手に入れたときの感動が、使用していく中で薄れていくように、写真に撮ってしまったらこの感動も直きに薄れていってしまうのだろう。


一度きりだからこそこの感動があるのだ。


「ありがとうニコ、ここに連れてきてくれて」


きっとこの景色を見なければ、こんなことは知ることができなかっただろう。


『こちらこそ』


ニコはどことなく嬉しそうだった。






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