第4話

『さて、イヴには何年ごろまでこの世界の歴史を教えたか覚えているかい?』


「ちょうど2050年ごろ、人間とAIが共存し始めたぐらいのところまでだよ」


『そうだね、じゃあ今が何年かイヴに教えたことはあったかな』


そこで私はヘルメスに言われて初めて気づく。


あれ、そういえば今が何年なのか私は知らない


『いつか聞かれるかなと思っていたんだけれど、意外と抜けているところがあるね。そういうところを見るとまだまだ子供だなあと思うよ。』


ヘルメスの楽しそうな声に私は少し恥ずかしくなり顔が熱くなるのを感じた。


私はその恥ずかしさをごまかすようにヘルメスに尋ねる。


「じゃあ、今は何年なの?」


『2160年、君が勉強していたころからさらに110年経っている』


「えっ、ヘルメスは60年前に人間は滅びているって言ってたよね。じゃあ、あれだけ栄えていた人間はたった50年で滅びたの?」


私はヘルメスの言葉が信じられなかった。


私が勉強した歴史では、2050年の時点で技術の発展により世界中の抱えていた問題の大部分は解決していた。医療分野ではほぼ不老といえるほどの老化の抑制に成功しており、絶滅なんてほど遠いような状態だったはずだ。


そう考えながら、ふとあたりを見渡して一つの考えが頭をよぎった。


「…戦争が起きた?」


『そう、世界中を巻き込んだ大きな戦争が起きたんだ』


「いや、まってよ、それはおかしいよ」


自分で言っておきながら否定するのはおかしな話だと思うが、それでもおかしな話なのだ。


2050年の時点において、技術の発展、AI技術の進歩等により食糧や資源、エネルギーといった問題の大部分は解決しており、そのほかの戦争の原因となりそうなものも多くは解決していた。


それに2040年あたりから戦争はほとんどAIが人間に代わって行うようになり、実際に人間に大きな被害が出るようなことは世界中で禁止されていたはずだ。


「その時代には戦争はAIが代わりにやって人間の被害は出ないようにって、そうなっていたはずでしょ。」


『そうだね、そういう話だったはずだ。でもね、世界中の国がそうも言ってられないような状況になったんだ。』


「どういうこと…?」


『世界中に新種のウイルスが蔓延したんだ。もちろんただのウイルスならあの時代の技術力であればすぐに特効薬が作れるはずだった。でもね、このウイルスには二つ質の悪い特徴があったんだ。まず一つは恐ろしい速度で変異し続けるというもの。この変異のせいでこの時代の技術力であっても有効な治療法がなかったんだ』


「それが原因で戦争になったの…?」


『それも原因といえなくはないけれど、もう一つの特徴のほうが原因としては大きいかな。』


「どんな特徴だったの?」


『すぐには死なない、ただそれだけだよ』


「すぐにはって死ぬまでにどれくらいかかるものだったの?」


『個人差はあるけれど大体十年前後かな』


「だったら…」


『その間に治療法を探さなかったのか、かい?確かに200億人も人口がいて優秀なAIもいる。選択肢の一つとしてはありだったのかもしれない。でもね、現実はそうはならなかった…いや、そうできなくなった理由があったんだ』


ヘルメス言葉に私は首をひねる。


ウイルスが蔓延してしまったのなら治療法を探すしかないではないか


そもそもこれで戦争が起きた理由が私にはわからない。


戦争をしたところで治療法が分かるわけでもない、ましてや治るわけでもないのだ。


もしかしたら人口を減らすことが目的だったのだろうか。


それでも、資源やエネルギーに困っていなかったのに人口を減らす必要があるだろうか。


それとも、感染した人と感染していない人で戦争をしていたのだろうか


私は考えれば考えるほどわからなくなってきた。


今にも頭から煙を上げそうな私を見かねたのか、ヘルメスが話を続ける。


『世界中の国にこのウイルスはある国が開発したもので、その国が治療薬を持っている、というデマが広がったんだ。』


「…っそんな話だけで戦争が起きたの?」


『普段ならこんな話で戦争はそうそう起きない。でもこの時は状況が違った。世界中に感染者が多くいて、その数は世界人口の半分以上だったと予想されている。急速に変異するという性質のせいで治療薬の開発は絶望的、そんな中治療薬を持っている国があるといううわさが流れれば、どんな手を使ってでも手に入れようとする人間が出てくるのは当然の話だ。結果として世界中が治療薬を求めて戦争を始めた。』


「でも、人間が絶滅したってことは…」


『そう、イヴの想像している通り治療薬なんてものは初めからなかったのさ。人間は存在しないものを奪い合って絶滅したんだ』


「そんな…、でもウイルスで絶滅したのならどうして私が存在するの?私だって人間のはずでしょ」


考えてみればおかしな話なのだ


人間は人間の男女の交配から生まれると私は習った


しかし、それならば私を産んだ親がいなければおかしいのである


そのことを知っていたから私はあの部屋の外にも人間がいるのだと思っていた


どんなに少数であったとしても、少なからず私の他にも人間はいるのだと


『もちろんイヴは人間だよ、それは保証する。でもね、イヴにはまだ教えていなかったけど、2050年ごろには体外で子供を作る技術があったんだ。イヴはその技術を使って生まれたんだよ』


「じゃあ、私に親はいないの?」


これは少しショックなことだった


部屋の中にいるとき、何度か自身の親のことについて考えたことがある。


どんな人だったのだろうか、私とは似ているだろうかと


でも初めからそんなものはいなかったのだ


「私がその技術を使って生まれたのなら10年前…、すでに人間が絶滅して50年もたってから生まれたことになるよね?誰が何のために私を作ったの?」


ヘルメスの話を聞けば聞くほど疑問は増えるばかりだった


人間が絶滅してから60年がたっていることに関してはとりあえず納得しよう


しかし、どうしてそんな殺人ウイルスが蔓延したのかだとか、治療薬のうわさが広まったのかだとかいろいろと疑問も湧き出てくる


そういえば、夏なのに真冬のように寒く、雪が降っていることも気になる


でも、そんなこと以上に自分の生まれた理由が気になった


もう、人類が絶滅して60年ということは私が生まれたのは人類の絶滅から50年経ってからということになる。


私を作るのにどれだけの時間がかかったのかはわからないが、少なくとも私が作り始められた時点で人類は絶滅していただろうと想像できる


人類が絶滅した後に私が作られた理由は何なんだろうか


『…私とイヴを作った博士はね、私に人間を作る機械を渡してこう言ったんだ。

「このウイルスは空気中では2.3日もすれば死滅する。だから、感染の危険性がなくなったらその機械を使って子どもを作るんだ。そして、人類の存続か絶滅をその子供に決めさせてくれ」と』


「…どうして私にそんな大事なことを決めさせようとしたの?その博士が決めればよかったんじゃないの?」


『…博士は死ぬ直前までに人間のよくないところをたくさん見てきたんだ、本当に悲しい出来事が多かった。だから博士は、人間がこのまま存続し続けるのという判断が本当に正しいのかわからなくなってしまったんだ。きっとこんな状態の世界に生まれる新しい人間は自分よりもつらい思いをしてしまう、ならいっそここで滅んだ方がいいんじゃないかって。結局博士には結論が出せなかった、だから博士は一人だけ人間を作ってその人間に、人類の未来を決定させることにしたんだ、実際にその先を生きていく人間に自分のことは決めさせようって。無責任な話だけれどそうして君は生まれたんだ』


「………まじかよ」


心の底から出た言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る