第2話 

いつもは彼が出ていくだけだった扉を彼に続いて外に出る。


初めて出た部屋の外でまず初めに感じたことは、凍えるような寒さだった。


「さっむい…、ねえヘルメス、今って冬なの?」


『いや、季節で言うなら今は夏だね』


な、なつ!?この寒さで!?


私は自分の中にある季節に関する知識を疑う。


あ、あれ?夏って熱いんじゃなかったっけ?


『まあ、それもあとで説明するよ。とりあえず着るものを取りに行こう、このままでは風邪をひいてしまうからね』


機械の体を持つヘルメスは寒さなど一切感じていないようで何もないように歩き始める。


しかし、人間である私は別だ。


痛いくらいの寒さに凍える足を何とか前に出し、ヘルメスの後を追う。


そんな様子の私に気づいたのか前を歩くヘルメスが少し歩く速さを落としてくれた。


彼の後に続いて歩く廊下に、二つの足音だけが響いている。


人の暮らしている様子は全く感じられないのに、一切の埃すら見当たらない嫌に綺麗な廊下は現実味というものを帯びておらず、私は少し背筋が寒くなった。


そんな気持ちをごまかすように、ほんの少しだけヘルメスに近づく。


しばらく歩いていると、ヘルメスは一つの扉の前に止まった。


『ついたね、この部屋だ。僕は少し奥の方を探してくるから、適当に見ていて』


そういってヘルメスは部屋の中へと入っていく。


彼に続いて部屋の中に入ると、そこには多くの服が所狭しと置いてあった。


その部屋にあった服は、知識にあるものに比べると地味なものばかりだったけれど、今まで同じ白いTシャツしか着たことのなかった私の目にはどれも新鮮に映っていた。


かかっている服はどれも自分には大きく、大人用のものばかりだが見ているだけでも心が躍る。


どの服も私の目を引くものだったがその中でもひときわ目を引いたものがあった。


クマの帽子だ…かわいいっ。


私の目はクマの形をしたニット帽にくぎ付けだった。


そんな時、ヘルメスは目的のものを見つけたのか、いくつかの服を抱えて戻ってきた。


『本当はこの年齢で外に出る予定はなかったからね、今の君に合うサイズのものがあってよかったよ』


ヘルメスから手渡されたのははたから見ても地味な一枚のコート。


しかし、私にとっては本の中にしかなかった憧れだった。


早速ヘルメスの持ってきた服に着替えてみる。


今まできたことのないような服だったので少してこずったが、何とか一人で着ることができた。


「おー…、あったかい」


『サイズは大丈夫そうだね、後はこの手袋を付けて…ブーツを履いて…帽子は…』


そういいながらヘルメスは帽子を手渡そうとしたが何かに気づいたのか手渡そうとしていた帽子を近くの棚へとおき、別の帽子を手に取った。


『いや、やっぱりこっちの帽子にしよう。少し大きいけど、こっちのほうがイヴに似合うと思うよ。』


ヘルメスが渡してきたのは先ほど見ていたクマのニット帽だった。


私は初めてもらうかわいらしい帽子をかぶせてもらうと、何か確認できるものはないかと部屋の中を見渡した。


部屋の片隅に大きな姿見を発見。


急いで駆け寄り自身の姿を確認すると、そこにはコートにニット帽、手袋、ブーツといった今まで資料の中でしか見たことのなかったものを身に着けた自分が写っていた。


「…っ」


言葉にならない何かがこみあげてくる。


気分はまるで物語の主人公にでもなったかの様だった。


何度も何度も鏡の前で回り、姿見に移る自身の姿を確かめる。


生まれて初めて着たTシャツ以外の服は、想像していたようなおしゃれなものではなかったけれど、私にはとても輝いて見えた。


「ヘルメスっ、早く外に行こう!」


私の興奮した声が他に誰もいないこの閑散とした建物内に響く。


いままではこのものさみしい建物の空気が嫌いだった。


部屋から出たことはなかったが、部屋の中からでもわかるほどに、この建物の中からは人の気配がなかった。


私が一人で騒いでも、帰ってくるのはヘルメスからの返事だけ。


私もヘルメスも言葉を発しなければまるで世界中のなにもかもがなくなってしまったかのように、そこにあるのは静寂だけだった。


でも、やっとそんな日々が終わるのだ。


外の世界に行ったら何をしよう、先ほどからそんなことばかりを考えている。


何か私に事情があるのだとしても、少しぐらいは外の世界を楽しんだっていいだろう。


これまでの十年間部屋から出ずに勉強ばかりしてきたのだから。


そんなことを考えながら、ヘルメスを急かす。


『そんなに急がなくても、外の世界は変わらないさ』


そういってヘルメスも私の後を歩き出す。


今にも駆けだしそうな私をなだめるようにヘルメスの歩くスピードはいつもと変わらずゆったり落としたものだった。


そんなヘルメスにそわそわとしながらも合わせて歩いていると、大きな扉が見えてきた。


「はやくはやくっ」


『はいはい』


ヘルメスが片手を扉の近くにかざすとその巨大な扉は長年使っていなかったからだろうか、ところどころから今まさに久しぶりに開いたということを伝えるような大きな音を立てて開き始める。


しかし、私にはそんな騒音も全然気にならなかった。


待ちに待った外への期待でいっぱいだったのだ。


外の世界にはおしゃれな服も、おいしい食べ物も、楽しい遊びもいっぱいあると聞いた。


ああ、どんなに素敵な世界が私を待っているのだろう。


扉が開き外の景色が見えてくる。


私は開き切るのが待ちきれない、と開いた隙間から外へと飛び出した。


「え……」


しかし外へと飛び出した私を待っていたのは、自分の想像していた輝かしいようなものではなく、雪の降り積もるがれきの山だった。





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