第24話 シオリ視点、私にとってのショウタさん

「はぁ、はぁ、はっ」


 私は全速力で魔物たちの進行先を目指す。周りの景色が凄い勢いで後ろに流れていく。

 前の世界ではこんな速度で走ることなんて絶対に出来ない。


 勇者の力……本当にすごい力だ。


 強制的に召喚されたこの異世界。右も左もわからない中、王国に頼らないで生きていく自信は無かった。

 勇者スキルを持つ者として、出来る限りの協力をする代わりに一定の生活を保障してもらう。


 リンカちゃんやハヤト君は凄いと思う。

 私と同じく不安な気持ちで一杯なはずだけど、訓練を積むたびに着実に強くなっていた。


 とくにリンカちゃんは、ショウタさんとダンジョンに潜ってからはさらに心に磨きがかかったようだ。

 最近の訓練とかとんでもなくキレっキレだし、なにより落ち着いている。

 ショウタさんがリンカちゃんのピンチを救ったとしか聞いてないけど、たぶん彼女の心を動かすなにかがあったんだと思う。



 それに比べて私は……



「―――っ! 見えた!」



 魔物たちの軍勢だ……前方の集落を蹂躙している。運悪く魔物たちの進行ルートに被ってしまったのだろう。数軒の家からは火の手が上がっている。


 素早く全体を見渡す。


 私の前方に子供が2人。1人がその場でうずくまっており、もう一人が泣いていた。

 脚に力を入れて……グッと地を蹴り、子供たちを拾い上げる。


「……ひっ!」


 怯えた声を上げたが、とにかく少し離れた木陰まで抱えて走っていく。

 魔物たちに見つかりづらい場所に移動した私は2人をそっと降ろして、出来る限りの笑顔を作った。


「大丈夫だよ。おねえちゃんがなおしてあげる」

「ふぇっく、ぐすん……」


 1人は打撲を受けたのかぐったりしていた。

 もう一人は外傷はなさそうだが、ずっと泣いている。



「―――癒しの息吹ハイヒール



 緑色の光がぐったりした子の体に生気を戻し、その小さな瞳がゆっくりとひらく。

 もう一人の子が、その様子を見てぱちくり可愛く目を丸くしていた。


「ん……マナ? あたし……いたいのなくなってる……あれぇ??」

「わぁあああ~テナぁああ~~」


 2人はテナとマナ。双子の女の子だそうだ。


「「おねえちゃん、ありがとうぅうう!!」」


「良かったね、でも今はシーだよ。こわい魔物が来ちゃうからね」


 コクコクと小さな頭を振る2人、小さな手で私の袖をギュッと掴んでいてかわいい。



 さて、とりあえず目前の命を救えたのは良かったけど、全体の状況はなにも好転していない。

 燃える家屋に、時折聞こえる叫び声。魔物たちは蹂躙しつつ王城を目指して前進している。


 私のやれること……


「2人とも少し私から離れてくれる?」


「「えぇ……」」


「大丈夫だよ、お姉ちゃん実は勇者なんだ。だからみんなを守る壁を作るの」


「「おねえちゃん! ゆ、ゆうしゃさまなの!?」」


 勇者という言葉を聞いて、一気に興奮度が上がった様子の2人。

 とりあえずぎゅっと握っていた袖を離してくれた。


 私は2人から少し離れると、聖杖を両手に持ち集中する。


 静かに息を吸い込み、深く吐き出し―――


「聖なる力よ、我が言葉に応えここに守りの結界を―――勇者の守護持続結界ブレイブロングシールド


 私を起点に王城側に【結界】が展開されていく。

 聖女様に教えてもらって、自身の勇者の力をミックスした【結界】だ。もちろん聖女さまが張る【結界】に比べたら、強度も展開できる範囲も全く及ばないけど。


 魔物たちは、集落に突如現れた光の壁に驚いていた。

 綺麗に魔物だけを【結界】外に押し出すようには張れないけど、第一軍団の大部分は【結界】にその進路を阻まれた。


 これで彼らは【結界】を破壊するか、大きく迂回しなければ王城には進軍できない。


 どこまで私の【結界】が持つかは分からないけど。ある程度の時間は稼げたはず。



「すごい! おねぇちゃん!」

「ゆうしゃさまは、なんでもできるんだね!」


 テナとマナが、目をキラキラさせて私に飛びついてきた。


 2人を安心させるために言った「勇者」という言葉。


 勇者はなんでも出来るか……

 その認識は、私にとっては「なんでも出来なければならない」になっている。


 これって普通にキツイ。


 この異世界に召喚されてから、ずっとこの目で見られているから。


 私はいつも以上にコケることが多くなった。

 おちょこちょいな面があるのは自覚しているけど、それだけじゃない。


 たぶん、背伸びしすぎてる。

 なんとなく分かる。精神のバランスが崩れそうなのが、身体にも出ているのだと思う。


 本当は他人を気遣う余裕なんてほとんどないぐらいになっている。

 でも、私の口からは「救いたい」って気持ちと頑張ろうって気持ちだけが先走ってしまって。


 ショウタさんやルーナ姫にわがまま言って、今この場所にいる。


 とにかく、やれることをやるしかない。

 ぐちゃぐちゃと混ざり合う思考や不安にふたをして、再び動き出す私。


【結界】内にも魔物はある程度はいる。そして負傷者も。


 最大速度で走り抜けて、負傷者をかついでここへ戻って来る。

 そして回復魔法をかけて。

 それの繰り返しを延々と続けた。


 途中で遺体をたくさん見た。

 魔物に惨殺された人たちだ。


 救えない命があるという現実を何度も叩きつけられる。



 だけど……いまやれることをやる!



「ふぅ、ふぅ……」


「おねえちゃん……だいじょうぶ?」


 あれから何人もの人をここへ連れてきて、治癒した。


 魔力もかなり消費したし、肉体的にも無理をしている。

 でも、いま休むわけにはいかない。


 ―――!?


 この気配はっ! 魔物!!


 茂みから前方に目を向けると、人影がオークに追われていた。


 大人の男女2人だ。

 そして私の横から顔を出した2人の子供は、絶望に染まった声を漏らす。


「ああぁ……お、お父さん、お母さんぅん」

「お、おねえちゃん……ま、ま、まものがぁあ。まものがぁ。お父さん、お母さんんぅ」


 オーク数体に追われている2人は、テナとマナの両親だった。


 私は聖杖をぐっと握りしめた。


 やらなきゃ、今まで戦闘は避けてきたけど……やらなきゃ。


 聖杖なんて、やはり癒しの勇者さまですね。とお城の人に言われたのを思い出した。

 私は自分の武器に聖杖を選んだ。魔法力をさらに高めるためとか言って選んだけど。


 でも……


 本当は違う理由がある。


 剣や槍、メイスなども選べたけどそうしなかった。勇者の基礎ステータスならば、訓練すればどれも相応に力を発揮することは出来るはずだけど。


 だって、直接斬るなんて直接突くなんて……怖くて……想像できなかったから。


 自分に都合のいい話だと思っている。

 現に攻撃魔法なら使えるし、盗賊団に使用した。でもあれ実は人ではなく少し上空に放った。当てるのが怖かったから……でも結果的に盗賊団は混乱してくれて良かったけど。そんなの結果論だ。


 無理やり勇気を振り絞って使ったのだ。


 怖い……怖くて怖くて逃げだしたい。



 だけど……



 このまま何もしなければ、この子たちの両親は死んでしまう。


「絶対ここから動いちゃダメだよ」


「「おねえちゃん……」」


 2人の頭を軽く撫でると、私はオークに迫られている2人の元へ駆け出した。



 オークは3体……両親との距離が近い!


「―――疾風衝撃魔法ウィンドブラスト!」


 少し上空に風魔法を打ち込む。

 オークたちは突然の暴風に混乱して動きを止める。


 盗賊団の時に使った方法だけど、ここでも有効だった!

 私はこの隙を逃さず、両親2人を抱えてオークたちと距離を取る。


「はやく! うしろに逃げてください!」


 両親2人を逃がすと、体勢を整えたオークたちが襲い掛かってきた。

 先頭の1体が大きなこん棒を振り上げる。


 聖杖に魔力を通わせて……


「―――えいっ!」


 こん棒が振り下ろされる前に、私はオークの足元に聖杖の一撃を見舞った。


 勇者の魔力が入った打撃だ。普通の杖の一撃とは違う。


「ガッ……グフッ……」


 バランスを失った先頭のオークが、後ろに倒れて後続のオーク2体と激突する。


 ――――――隙ができた!!


 訓練で散々やってきた。出来る!出来るから!!


 私は聖杖に魔力を溜めて―――


「――――――氷結槍魔法アイスランス!!」


 数本の氷の槍がオーク3体に命中して、その動きを完全に止めた。


「ふぅ……ふぅ……」


 オークはピクリとも動かない。そして紫色の血がだらだらと流れ出ていた。


 心臓がドクドクいってる。それに足も急に震えが出て来た。

 無我夢中だったけど、なんとかできた。


 少し気分が落ち着くと、すぐに両親の元へ向かう。気持ちは重いままだったが、

 木陰の付近から、小さな影が2つ飛び出してきた。



「「おねぇちゃんありがとう!」」



 その後ろでは両親が深々と頭を下げていた。


 溜まった気持ちの中に、良かったという感情が増えていく。


 なんだかこの子達の笑顔を見てたら、少しだけ楽になった。

 私はこの子達のヒーローになれたのかな。


 そう思うと、ある人の顔が急に頭に浮かぶ。


 この異世界に転移した時、私を救ってくれた人。

 私にとってはあの人が……


 だが、束の間の休息も長くは続かない。



 ――――――バリンッ!! という大きな粉砕音が私を現実に引き戻した。



「け、【結界】がっ……!!」


「ムヒムヒ~~小娘め面倒くさいことさせやがって。だが所詮は即席の【結界】、すぐに破壊できる。無駄なあがきだったなぁああ~~」


 この声は?たしかグリアーチ将軍が副官って呼んでた魔族だ。


 今まで【結界】に進行を阻まれていた魔物たちが、一斉になだれ込んでくる。



 ど、どうしよう。


 もう一回【結界】をはる? いや、もうそれだけの魔力は残っていない。


 そんな私の焦りなど関係なしに、わらわらとこちらに押し寄せてくる魔物たち。


 オークにゴブリンに、イノシシみたいなのに、オオカミみたいなのに、もうたくさんだ。


 でも諦めない!!


 魔法力が尽きるまで! いや魔法力が尽きても勇者の身体能力がある!


 だが、あまりに数が多すぎた。


 あっという間に囲まれてしまった私は、魔物の一体に体当たりされて聖杖を落としてしまう。

 魔物の密度が高すぎて、素早く動き回ることもできない。


 取り囲まれた私に対して、一斉に大きな石のこん棒を振り上げるオーク、そして剣やナイフを振り上げるゴブリンたち。凶悪な牙をむき出しにする魔物たち。


「ムヒムヒ~~まずは勇者1人目の惨殺ショーだぁ~~」



 ああ……ここまでなのかな……



 そう思った時、オークの振り上げたこん棒が爆発して……!


 え? 爆発って!これ私の魔法……!?


 じゃないよね……こんなことが出来るのは1人しかいない。



 うしろから近づいてくる独特の音。

 たしかキャタピラ音だっけ? なんか男の子ってそういうのに詳しい。


 私の知る人は、男の子っていうか立派な大人の男性だけど。


「やったなシオリちゃん!みんなを救って、足止めまでして。本当によく頑張ったぞ!」


 この声……


 ショウタさん……やっぱり来てくれた。



 私のヒーローが来た音だ。







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