今さら後輩男子から溺愛されても、もう遅い!【後】

 唐突にそう告げたのは、一年生で一番の美少年として有名な名門貴族ギュレット家の嫡男でした。


「え? コ、コンニャクですか?」


「いいえ、婚約です。シンシア先輩は噂どおり面白い女性ですね」


 美少年がにこりと爽やかに微笑みます。


 聞き間違えではなかったようです。私はポカンと口を開けたまま固まってしまいました。だって、今まで口を利くことすらはばかれた大貴族の美少年から突然求婚されたのですから。


「ちょっと待った! シンシアは俺の物だぜ!」


 大声で割り込んできたのは学園オリンピアで優勝した二年生のヘガルくんです。彼の先祖は大戦で武功を上げて貴族になった珍しい家系です。 


「へ?」


「おい、貴様らシンシアから汚い手を離せ」


 さらに名乗り出てきたのは、去年まで同級生だったけど単位が足りずに留年した宰相の息子のゲイトーさんです。


「は? ははは……」


 突然、名門貴族の嫡男たちから求婚されるようになってしまいました。もうなんだか訳が分からなくて乾いた笑いしか出てきません。


「「「シンシア、誰と婚約するか決めてくれ!!」」」


 三人のイケメン貴族に詰め寄られた私は思わず「ご、ごめんなさい!!」と声を上げて逃げ出しました。そのまま自分が所属する魔術開発部の部室に駆け込みます。


 

 部室には部員のジョシュアくんがいました。というかマイナーで陰気な魔術開発部の部員は私と下級生のジョシュアくんだけです。何を隠そうこの魔術開発部は不人気な部活なのです。


 唯一の部員であるジョシュアくんは性格がキツく、ことあるごとにに私をサディスティックに揶揄ってきます。

 ちょっと態度が冷たくて口は悪いけど、不思議と憎めない男の子です。


 それにジョシュアくんは貴族なのに最初から分け隔てなく接してくれた唯一の生徒です。


 私が王女だと分かった途端に態度を変える男子たちよりも、性格に難があってもジョシュアくんみたいに裏表のない人の方が信用できます。

 なので、彼らに求婚されても当然却下です。


「届かないのか? 取ってやるよ」 


 私が棚の上の書籍を取ろうとつま先立ちで腕を伸ばしていたときでした。そう言って私の背中越しに手を伸ばしたジョシュアくんが本を取ってくれたのです。


「あ、ありがとう?」


 驚きのあまり疑問形になってしまいました。

 あの冷徹無比で毒舌でいつも私を小馬鹿にしてくるジョシュアくんが、優しくしてくれるなんて……。

 なにか変な物でも食べたのでしょうか。

 


 それからも彼の奇行は続きました。

 先回りしてドアを開けてくれる。椅子を引いて座らせてくれる。立ち上がろとすれば手を差し出してくれる。紅茶を淹れてくれるなどなどです。

 数日が経っても止める様子はありません。 

 口数は少なくぶっきらぼうながらもお姫様のように扱ってくれます。


 まさかジョシュアくんも他の人たちと同じように、私が王女だから態度を変えたのでしょうか。私に取り入ろうとしているのでしょうか。

 そうだとしたらちょっとショックです。彼だけは変わらないと思っていたのに……。

 

 でも、ちゃんと彼の本心を確かめてみないと分かりません。ひょっとしたら別の理由があるのかもしれません。


「ジョシアくん? なにかあったの?」


「別に……」


「別って……、なんか最近のジョシュアくんすこし変だよ」


「なにが?」


「なにがって、妙に優しいし……」


「俺が優しかったら悪いのかよ?」


「あれ? 怒っているの?」


「ああ、俺はあんたに怒っているんだ」


 そう呟いて彼は立ち上がりました。


 本棚の整理をしていた私のところにまでやってきた彼が私の目の前に立ちはだかります。そして逃げ道を塞ぐように両手で本棚を抑えたのです。


「ジョ、ジョシュアくん!?」


 彼の左右の腕に挟まれて私は混乱すると同時に鼓動が高鳴りました。


「あんたはオレが最初に目を付けていたんだ」


「え?」


 目を付けた? 彼は一体なにを言っているのでしょうか?


「それなのに王女だと分かった途端、クソ共が近寄ってきやがった」


「で、でもそれは……ジョシュアくんも――」


 そう言いかけた私を彼は鋭い目付きで睨みました。


「はあ? 俺をあんな奴らと一緒にするな。俺がどれだけあんたのことを見ていたか、気にしていたか、考えていたかッ! 研究の資金援助までして――」


 そこまで言って彼はハッと我に返り口許を抑えました。

 彼の言葉を聞いて、鈍感な私でもさすがに気付きます。


 シルクハットのおじさまの正体は、ジョシュアくんだったのです。


「言うつもりはなかった……」


「どうして……黙っていたの?」


「余計な忖度はされたくなかった。変に気を使われるのが嫌だったんだ。あんたには素の俺を見て、評価してほしかったから……」


 ガラにもなく頬を染める彼の顔を見ていると胸がキュっと苦しくなりました。


「王女になんてならなくていい! 以前のあんたも綺麗になった今のあんたも俺にとっては同じなんだ! シンシア、あんたのことが好きだ、あんな権威ほしさのヤツらになびかないでくれ!」


「なびくつもりなんてない! それに私が王女にならないと……」


「母親と離れ離れになるのは嫌か?」


 王宮に行けばお母さんに楽をさせてあげられます。でも、私が王女にならないと言えばお母さんは、きっと王様のところへ戻らず私と暮らすと言うはずです。


「それなら心配ない。これを見ろ」


 そう言ってジョシュアが取り出したのは金色のペンダントでした。


「そ、それは……」


 ペンダントには隣国、リアディアル王家の紋章が刻ましています。


「俺は学園で特別扱いされるのが嫌で、第一王子という身分を偽っていたんだ」


「そ、そんな……。ジョシアくんが王子さま?」


「母君のことは心配するな、一緒に俺の国に来い。いますぐ俺の妻になれ!」


 みんな私が王女だと分かった途端に態度を変えて言い寄ってきました。そんな人たちから愛を囁かれても、もう遅いって思っていたのは事実です。

 だけれど、彼だけは特別です。


「は、はい……。よ、よろしくお願い……します」


 そう告げるとジョシュくんの眼が輝き、慈しむように私を見つめます。

 私はその光に吸い寄せられるように、彼と唇を重ねていました。


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今さら後輩男子から溺愛されても、もう遅い! @soraruri

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