今さら後輩男子から溺愛されても、もう遅い!

@soraruri

今さら後輩男子から溺愛されても、もう遅い!【前】

『ソバカスメガネ』または『ボサボサメガネブス』

 

 ――それが私のエリュカレナ学園でのあだ名です。


 貴族が通うこの学校に平民の私が入学できたのは、厳しい選考試験に合格した特待生だからです。


 勉強以外に取柄がなく、貧乏農家出身の私は、いじめの対象となることもしばしばあります。

 誰もがきらびやかなお召し物と装飾品で美しく着飾っている中で、私が身につけている物はすべて粗末であり、髪もボサボサ伸び放題。

 そんな私は友達も出来ずに付いたあだ名が冒頭で話した『ソバカスメガネ』と『ボサボサメガネブス』でした。


 もちろん私だって身だしなみには気を付けたいと思っています。でも、服も化粧品も高価です。寮費と日々の生活費だけでも大変なのに、余計なお金は掛けられません。


 今は離れて暮らす貧しいながらも私を育ててくれた母のためにも必死で勉強して、学園を卒業した後は貴族の家庭教師になって、母に良い暮らしをさせてあげたいのです。


 それに私のことを影ながら応援してくれる方もいます。

 その方は私が学園祭で発表した探索魔法の研究に興味を示してくださり、研究費を援助していただいています。

 実際にその方とは会ったことがなく、手紙でのやりとりのみで正体不明なため、私はその方のことをシルクハットのおじさまと勝手に呼んでいます。

 

 この三年間、苦労は多いながらも私の学園生活は順調でした。卒業を控えたこの秋までは――。


「シンシア、シンシア=オリオンハート」


 昼下がりに廊下を歩いていたところ、ミカエル先生に呼び止めれました。


「はい、なんでしょうか?」


「あなたに来客です。今すぐ応接室に向かうように」


「来客? 私にですか?」


「次の授業は途中からの出席でかまいません」


「わ、わかりました」


 あの厳しいミカエル先生がそんなことを言うなんて余ほどの事態なのでしょう。しかし私にはまったく思い当たる節がありませんでした。


 言われたとおり応接室に向かった私がドアを開くと部屋の中には大勢の人が並んで立っていました。

 執事と六人のメイドたちです。


「シンシア=オリオンハート様ですね?」


 メイドたちに挟まれた執事のご老人が言いました。


「はあ……、そうですけど? あ、あなたは?」


「失礼しました。わたくし、オルヴァリス王家に仕える執事長のアッシズと申します。そして、この者たちは王宮仕えのメイドたちです」


 澄ました態度で控えていたメイドたちが一斉にスカートの裾を掴んで頭を下げた。


「は、はあ……」


「短刀直入に申します。この度、あなた様をオルヴァリス王国の第七王女として迎えることになりました」


「はい? オルヴァリス王国? 王女? わたしが? いったい、どど、どういうことでしょうか?」


「それについては、かくかくしかじか――……」


 執事長のアッシズさんの話を聞いてみれば、私は王様と王宮勤めの侍女との間にできた子どもだったそうです。その王宮勤めの侍女とは、当然ながら私の母のことでしょう。


 正妻の制裁を恐れた王様が、私たちを匿うために王宮から追放したそうなのですが、それから十数年が経って凶悪な正妻が亡くなり、私たちを正式に妻娘として迎え入れるために行方を捜していたそうです。


 王女……? 私が……? 王女……、へぇ……、そうなんだ。


 おそらく、本来なら声と両手を上げて喜ぶべきなのでしょう。だけど、あまりにも現実味が無さ過ぎて受け入れられません。

 だって、私は『ソバカスメガネ』なのですから……。


「来月の王との謁見を経て、奥方さまとシンシア様は正式に王宮に迎えられます」


 状況の整理が追いつかない私を置き去りにして執事長さんが話を進めていきます。


「は、はあ……」


「それまでに相応しい王女として相応しい作法を身に着けていただきます」


「え?」


「お前たち、用意はいいか?」


「「「はいっ!」」」


 控えていた侍女たちが姿勢を正して声を揃えて返事をしました。


「シンシア様を美しく、エレガントに、かつブリリアントに、プリンセスに相応しい淑女に仕上げるのです」


 アッシズさんの指示に「かしこまりました!」とメイドたちが声をそろえて応えます。


「え……、えっ? ちょ、ちょっとまって!?」


 メイドさんたちに囲まれて拉致された私は学園内にある貴賓室に連れ込まれ、彼女たちにもみくちゃににされました。

 服を剥がされ、バスルームで全身を滅茶苦茶に洗濯されて、泡塗れになった後は信じられないくらい柔らかいタオルに包まれ、ぼさぼさだった髪を丁寧にいてもらってサラサラになり、荒れていた肌も高価な化粧水でツヤツヤになってソバカスも消え、爪まで研いで磨いてもらったうえに王宮から派遣された魔道士の高位魔術によって視力が矯正されて、メガネなしで物が見えるようになりました。


 結局、その日は軟禁されたまま寮に帰してもらえず、貴賓室で夜を明かすことになりました。


 翌日、貴賓室から直接登校することになった私はベッドで起きてから部屋を出るまですべてがオートメーションでした。


 顔を洗ってもらい、歯を磨かれ、髪を結われながらフルーツを食べて、パジャマから新しい制服に着替えさせてもらいました。

 

 なぜでしょうか……。至れり尽くせりなずなのに、なぜか朝からどっと疲れています。


 重い足を引きずりながら私が教室に入った瞬間、クラスメイトたちが一斉に息を呑む音が聞こえました。


 誰もが自分の席に向かう私を眼で追っています。それは今までとは種類の違う視線でした。嫌悪や忌避ではなく、言うなれば畏れているような不思議で居心地が悪い視線です。


 そして、昼休みになるころには私がオルヴァリス王国に王女として迎え入れられるという噂が広まっていました。王宮から専属執事とメイドが派遣されていることについても、クラスメメイトたちはどこからか情報を聞きつけて知っていました。


 無論、こそこそと会話しているだけで私に直接問いかけてくる人はいません。そもそも私ですらまだ半身半疑なのです。

 悪い悪戯か、王様の勘違いか。とにかく今は家に帰って母に直接問いただしたいです。


「というか、自分がどうなったのか鏡が見たい……」


 そう独りちて食堂に向かおうと席を立ち上がった私の前に、一人の男性がやってきました。


「シンシア先輩、僕と婚約してくれますか?」


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