2話

 俺は残りのビールを半分ほど飲む。

 トラックに轢かれると思ったらなぜかキャバクラにおり、さらにこの後は異世界に転生させられるらしい。

 荒唐無稽な事を告げた女神ちゃんはさらに続ける。

 

 「あなたの様な転生者には特別なギフトをお送りする事ができるんですぅ!」

 「特別なギフト……?」

 チェキでも貰えるのだろうか。


 「お贈りできるのはチートスキルっていうんですがぁ、この後転生される異世界で大活躍すること間違いなしの特別なスキルなんですぅ!なんとその内容は貴方に自由に決めてもらう事ができまぁすぅ」

 「へぇ。そうなんだ。そのチートスキルっていうのは本当になんでもいいの?」

 「ですですぅ!例えばあなたが超〜〜〜〜〜強くなりたいと言えばぁ、凄い力を与えられますしぃ、絶対に死にたくないなら不老不死にもなれますぅ。モテモテになりたいならチャームの能力もありますよぉ!」

「なるほどね……」

 チャームにはかなり轢かれたが、それだけ選択肢が広いと何を貰えばいいのか全く検討がつかない。

 そんな事を考えながらビールを飲を飲み干すと、女神ちゃんが次は何を飲むかと聞いてきた。

 プリン体を気にして2杯目はハイボールにした。


「ちなみに、こういった異世界転生の事例は他にもあるのかな?」

 ふと、他にも俺みたいな転生者がいるのかが気になった。

 アニメで見た主人公は確か高校生くらいだっただろうか。

 50代のオジさんが転生させられるくらいなのだから、若い奴らが転生させられたケースもあるはずだ。

 

 「そうですねぇ……ちょっと待ってもらえますぅ?」

 女神ちゃんはスマホらしき端末を取り出し画面をスワイプする。

 見た事ないモデルだがあれは確かにスマホだ。

 多分これは夢だ。

 だったら、もっと素の態度で接しても問題ないだろう。


 「お待たせしましたぁ。記録が残っているのが西暦1800年くらいからでぇ、転移と転生を合わせたらだいたい650件くらいですねぇ」

 「そんなに!?めっちゃいるじゃん!」

 あまりの多さに驚いてしまった。

 200年以上前から存在しているとは……記録が残っていないものを含めるとさらに沢山あるのだろうか。

 それに転移と転生の差も気になるが、おそらく文字通りなのだろう。


 「となると最低でも650人は異世界に行ってるってこと?」

 「ですですぅ。人数の確認はすぐできないですけどぉ、凄いとこだとぉ修学旅行中の高校生を1クラス分まるまる転移させた事例もあるみたいですよぉ。エグいですよねぇ!」

 とんでもない数だなと思ったがこれは夢だ。

 たまに聞く行方不明のニュースの原因が異世界転生なんてことはないだろう。


 「転生した人等はみんなチートスキルを贈られているんだよね?みんなどんなものを選んだの?」

 「やっぱり一番人気はパワー系ですねぇ。それに元々の世界の知識や機材を持っていくなんて人もいらっしゃいましたぁ。最近だとスマホを持って行った人もいるんですぉ。頭いいですよねぇ!」

 現代の科学技術や知識は異世界でも有効らしい。


 「迷うな……女神ちゃんは何かおすすめないの?」

 「おすすめはぁ、ぜ〜ったいにチャーム系ですねぇ!ハーレム作って毎日ワイワイするのぉ、絶対に楽しいじゃないですかぁ!」

 なかなかに頭が弱い子のようだ。

 俺はハイボールをちびちび飲みながら、何を選べば良いかを考える。

 だが確かに、モテる能力と言うのは魅力的である。

 異世界に行ったら0から人間関係を構築しないといけないわけで、そこで新しくパートナーを作るのは骨が折れそうだ。

 キャバクラやガールズバー、マッチングアプリがあればまだ良いのだが、そもそもこちらの世界とは男女の美的感覚が異なる可能性がある。

 だが戦いを避けることができない世界なのならば52歳という年齢を考慮するとかなり厳しい。

 ならばパワー系も捨てがたい。

 

 「うーん……今のままだと判断材料がないから、パンフレットとかない?成功事例とか出てるさ。できれば紙で送って欲しいんだよね」

 「え、紙のパンフレットですかぁ?うーん……」

 女神ちゃんは少し困った顔をする。

 今時パンフレットが無いとか、ちょっと意識低いんじゃないかと思いながら俺はハイボールを飲み干す。


 「あ、次は何を飲まれますぅ?」

 「そうだな…ワインはある?」

 「ありますよぉ!銘柄はおすすめでいいですかぁ?」

 「ああ、頼むよ」

 女神ちゃんはキャンティグラスとワインボトルを召喚し、ボトルに手をかける。

 すると、あろうことかボトルのラベル部分を持ち、120度の角度で豪快に注ぐではないか。

 あっという間にキャンディグラスの縁ギリギリまで赤い液体で埋まる。

 注ぎ終わった女神は 「おっとっとぉ〜」と呟いた。

 日本酒じゃないんだよ。


 「えー……さすがにそれ飲めないでしょ。ちゃんとしたのにしてよ」

 「えぇ!?ちゃんとってどうんな感じですか?」

 「しょうがないなー。おじさんが入れ方を教えてあげるよ」

 「えーっとぉ……すみません……」

 お店で出しているのにワインの知識を持ってないなどありえないだろ。

 ワインや生産者、文化を培ってきた者たちに対してあまりに失礼だ。

 最近の若者はこれだからよくないのだ。

 ちゃんと教えてやらないといけないな。


 「ワインを注ぐ時はラベルを覆わない様にボトルの下側を持って。その時ラベルは上にしてね。そして約90度の角度で注ぐ。グラス中央の膨らみから少し下が目安ね。沢山入れると香りの成分が霧散しちゃうから。正しく入れるとグラスが香りの成分を閉じ込めるから、味と一緒に香りも楽しむことができるんだよ」

 「へぇ……そうなんですね」

 「これを機にワインを勉強してみて。おじさんそういうの詳しいからさ」

 そうだ、グラスの種類も教えなければ。


 「じゃあ次は白をブルゴーニュグラスでお願いね」

 それから暫く、女神にワインの注ぎ方や銘柄、畑の歴史を教えつつ飲み、数本のボトルを開けた。



 「ちっ……このおっさん、めんどくせぇな」

 女神ちゃんが小声で何か言った気がしたが、酔いの回った俺には聞きとれなかった。

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