26時、ビール坂で

1話

 トラックに轢かれる。

 目の前に迫ってきてたトラックはかなりのスピードを出しており、このままぶつかればまず助かることはないだろう。

 死が迫っているというのに、思ったよりも冷静に現状を把握する事ができた。

 今際の際、時間がスローに感じると聞くが本当らしい。


 そして走馬灯が始まり、過去の出来事を思い出していく。


 恐竜と蟹しかPRするものがない地方に生まれた俺は、二浪の末に東京の有名な大学に進学した。

 地元では部活の野球以外する事がなく目立つタイプじゃなかったからか全くモテなかったが、有名大学に入った途端、それに群がる女性との接点が増えて多くの女性と付き合った。

 一時期は三人の女性と同時に付き合っていたことさえある。

 みんな俺によく尽くしてくれる良い女性だったと記憶しているが、今ではあまり思い出せないせいか女性たちの顔にモヤがかかっている。


 大学を出てからは大手飲料水メーカーに新卒で就職し、今では部長にまで上り詰めた。

 入社後しばらくして、当時一般職だった女性と結婚するが、程なく離婚。

 元嫁はDVだパワハラだと訴えていたがとんでもない。

 あんなのは躾の一環だというのに。

 最後まで否定していたが、自分だって不倫していたくせによくもまあ言うものだ。


 離婚の後、同僚と行った歌舞伎町のキャバクラを機に女の子と酒を呑む快感にどっぷり浸かってしまった。

 キャバクラ、ガールズバー、可愛い子がいると聞いたスナック。

 自分に娘がいたらこれくらいだろうかと思い、夜職の娘たちに人生のアドバイスを贈る事が俺の存在意義になっている。


 最近ではマッチングアプリやパパ活も始めた。

 職場があるから詳しい恵比寿の街で、おしゃれなお店を教えると彼女たちは皆喜んでくれていた。

 そうだ、来週ランチに誘った娘から1日も連絡がきてなかった事を思い出す。

 目上の者にすぐに返信をしないとは、なんて常識がない奴だ。

  

 ……最後の瞬間だというのに何を考えているんだろうか。

 振り返ると女のことばかり考えている。

  

 そういえば、来月は推しの嬢の誕生日だった。

 シャンパンを入れに行かなければ。

 

 正直なところ、まだ死にたくはなかった。



 意識が戻ると、ただただ白いだけの空間に立っていた。

 酒を飲んで帰った深夜、たまたまテレビをつけたら放送していたアニメにこの様な描写があったかもしれない。

 たしかこの後、神様だか女神様だかが現れて異世界へ転生させるみたいな内容だっただろうか。

 流し見だったから、その後の内容はほとんど覚えていない。


 「こんばんはぁ〜!狭間の部屋、ニューEBISUへようこそ〜!」

 背後から、いかにも頭が悪そうな甘ったるい声が聞こえた。

 反射的に振り向くと、そこにはおそらく20代前半であろう女の子が立っている。

 すらっとした細身を強調するピタッとした半袖の黒いニットワンピースに、シンプルな白いサンダル。

 胸元に目をやると出ているところは出ている。なるほど。

 そして、驚くことに彼女の背中あたりから小さな羽が2本生えている。

 

 「あちらの世界ではお勤めご苦労様でしたぁ〜。あんな最後だなんてぇ……ぴぇんですよねぇ」

 女の子はいかにもぶりっ子的な口調で労いの言葉を発し、目の下に指を当てて涙を模したポーズをとる。

 数年前にどこかのお店の子が同じポーズを取っていた事を思い出す。

 

 「どうぞ、おかけになってくださいねぇ」

 そう言って女の子が指をならすと俺の後ろには革張りの大きなソファが、目の前には大理石調のテーブルが現れた。

 テーブルの上には革製のメニューブックもある。

 状況は全く理解できていないが、見慣れた雰囲気の空間に少し安堵を覚え、ソファに腰をかけた。


 「お隣失礼しまぁす」

 女の子は俺の隣に座る。

 この構図、何か覚えがあるような。


 「とりあえずぅ、何飲まれますぅ?」

 女の子がメニューを開く。

 ビールやテキーラのショット、シャンパンなど、普通の飲み屋の様な品揃えである。

 メニューを見ていると猛烈にビールが飲みたくなってきた。

 

 「あーっと、生をいただけますか?」

 「はぁ〜い!エビスとプレモル、どちらにします?」

 「じゃあエビスで」

 「かしこまりましたぁ。私も一杯もらっていいですかぁ?」

 「どうぞどうぞ」

 自然と普段飲み屋でしている流れをそのまま行ってしまった。

 女の子がパチンと指をならす。

 すると俺の前に革製のコースターとその上にジョッキに入ったビールが現れた。

 女の子の前には小さなグラスもある。


 「それではぁ、かんぱぁ〜い!」

 二つのグラスをカチンとならし、女の子は少しだけグラスに口をつける。

 俺も合わせてビールを一気に流し込んだ。

 キンキンに冷えてやがる。


 「落ち着いたところでぇ、自己紹介しますねぇ。私は女神って言いま〜すぅ」

 「女神ちゃん……?」

 この嬢の源氏名だろうか。

 なかなか思い切ったネーミングだ。


 「はい、女神ですぅ!早速なんですがぁ、あなたはこのたびぃ、別の世界に転生する事になりました〜!わ〜!パチパチですねぇ〜!」

 女の子は音の鳴らない形だけの拍手をする。


 異世界……?

 さっき思い出した深夜アニメ通りの展開になってきてしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る