第53話 凪君とクッキー
私は、元気のない亮くんを少しでも元気づけようと、ありとあらゆる手段を考えていた。
今回は、手作りクッキー作戦、だったのだ。
なかなかうまくできたモンかな、と満足していると、誰かがキッチンのドアを開けた。
「亮は甘いもの嫌いだよ」
そうやって、覗き込んできたのは、凪くんだった。
「亮くん甘いの嫌いだったの……!?って凪くん、どうしてここに?」
「なんか食べようと思って」
「でもお手伝いさんに運んでもらえばいいじゃない?」
「あの1件以来、女の人が苦手になっちゃったんだよね。年齢問わず女の人とはあんまり話したくなくて」
私もその女の人、の一人ではあるのだけれど、そこはツッコむべきだろうか。
「ああ、もともと君はカウントしてないから」
私の心の、頭の声に応えるように凪くんはいう。
私が嫌いというブレにブレない凪くんに、私は関心すらしてしまう。
「じゃあ、彼女に作ってもらえばいいじゃない?」
そう、凪くんのたくさんいる彼女さん”たち”に。
「全員別れた」
「え!そうなの!?」
どうして急にそんなことになったのだろうか、本当に驚いた。
「選りすぐりの美人ばっかりだったんだ。けどさ」
呆れてものもいえない、何人いたのか知らないけど――、つまりあの山中くんと美人さんにいいように使われた件は相当ショックだったのだろう。
「女は懲り懲りだっていっただろ。だから、そのお菓子ちょうだい」
そういって、凪くんは私の横にあったトレーからひょいとクッキーを一つ取る。
「だから、じゃないでしょう!?」
「減るモンじゃないでしょ」
「実際にひとつ減ってます!!」
そうやって、私が取り返そうとクッキーの端を掴んだ。
凪くんは私の手首を掴むと、口元へやすやすとクッキーを腕ごと運ぶ。
口元でクッキーがザクッと半分に割れ、私の手元には半分だけが虚しく残った。
呆気にとられ、私は口をあけたままとなってしまった。
「ありゃー、割れちゃった、仕方ないね。半分こしようか」
割れちゃった、ではなく、割ったんでしょう?という間もなかった。
凪くんは私の手元に残ったクッキーを奪うと、そのまま私の口に押し込んできたからだ。
モグモグと口の中にクッキーの香とサクサクとした感触が広がる。
うん、我ながらおいしいと思う。
ゴクンとクッキーを呑みこみ終わった後、私は凪くんに向かい合った。
「ざまあみろ」
なにがなのか理解はできなかったが、凪くんは面白いのかニヤニヤと私をみて笑う。
「そんなに食べたかったの?それなら、余った分はあとで部屋まで届けるよ」
「なんだ、俺にもくれるんだ?亮に嫉妬されちゃうかな」
「亮くんが嫉妬?あり得ないわ」
嫉妬するほど、亮くんは私を見てくれているだろうか。
――きっと、それはない。
でも私は、亮くんが好きだという気持ちをいまだ捨てきれていない。
諦めるべきだろうが、それができれば恋愛というものは苦労しないものだ。
「君は――本当にずっと亮のことばかりを考えてるよね?」
「!」
その言葉に、私は思わずかあっと頬が熱くなるのを感じる。
この調子では”亮くんが好きだ”と明確にバレるようなものだ。
この場に亮くんがいないことに、心から感謝した。
でも、どうして凪くんはそれを、私の気持ちを知ってるのだろう?
そこまで凪くんには関わっていないし、バレるような行動もしていないと思うのだけれども。
「いやあ、俺もこんな婚約者がいたらなあ――」
「棒読みでいわれても。それに、女は懲り懲りなんでしょ」
「誰かを本気で好きになるのが厄介ってことは、今しがた心からわかった。それも含めて、やっぱり君は嫌いだよ」
「だから知ってますってば」
凪くんは、私に捨て台詞を吐きながら、再びクッキーをひとつ奪い取ると、ようやくキッチンから出て行った。
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