第50話 探したい?

 「終わったね」


 ほっと亮くんの部屋で一息ついて、ソファーに腰かけた。

 

 「全く終わってないだろ」

 

 すぐさまそう返され、返答に困った。


 「とりあえず山中くんの件は、だよ」

 「もうあいつの名前はもう口にしなくていい」

 「まあ、あれだけ色々あったし彼が嫌いなのはわかるけど……」

 

 向かい側のソファーに腰かけ、私は紅茶に口をつけ、ふうとため息をつく。


 「……愛理」

 

 ふっと、亮くんは立ち上がり私の横に座りなおした。

 確かに二人掛けではあるが、そこまで大きなソファーではない。

 

 「な、なんでございましょう……」

 密着する箇所にやたらに熱が感じられ、とたんに全身に緊張が走る。

 いつも以上に距離が近く、密着度が増しているようにも感じられる。

 

 「無事でよかった」

 「……うん」

 

 髪を撫でられつつ改めてそういわれ、心配してくれているんだと口角が緩む。

 その優しい仕草に、心が揺れる。

 

 「なあ、お前……本当に、日記を探したいか?」

 

 その質問に私は一瞬、戸惑ってしまった。

 

 純粋に探したいかといわれれば、探したい。

 日記に何が書かれているかと、何よりおじいちゃんに探し出してきちんと自分の手で渡したい。


 例え、それで亮くんとの繋がりが断たれても。

 胸にズキン、と痛むような感覚がある。


 ――別れたくない、離れたくない。

 

 でも私のこの気持ちは、考えるに値しない。自分勝手だ。

 私は考えをかなぐり捨てるように、亮くんをしっかりと見つめる。

 

 「うん、探さないと」

 「俺は探したくない、っていったら?」


 亮くんの瞳の奥は揺れていた。

 それは、どういった意味合いでだろうか。

 

 探すのを放棄するということは、私たちはこのまま結婚まで一直線だ。

 でもその考えはダメだ、と私はプラス思考をそこで止める。

 

 ――期待しちゃダメだ。

 

 そもそも私のことを好きにならない、と最初に亮くんの口から直接、明確に、はっきりと伝えられていたのだから。

 これだけずっと色々あって、亮くんのその言動が覆る可能性なんて、微塵もない。

 可能性が少しも考えられない。

 心が苦しくて、痛くて、切なくなる。

 

 それでも、わずかに、どうしても――心の奥底で、期待してしまう。

 あなたが少しでも私の事を思ってくれたらいいのにと。

 振り向いてくれれば、いいのにと。

 

 でもそれは言葉にならなかった。


 私の表情は、いったいどういった顔だったのだろう。

 もしかしたら、とても泣きそうだったのかもしれない。

 

 「……おやすみ」

 

 黙ったままの私に、しびれを切らしたのだろうか。

 

 そのまま亮くんは、物寂しそうで、でも切なそうにも見える表情で私の髪を再び撫でる。

 どうして、なんで、と考えずにはいられない。

 

 ソファーから立ち上がり――そして私の部屋を、出て行った。

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