第42話 学校での発言
ふと部屋にノックが響き渡る。
「どうぞ」
と、返答するとドアが開かれる音がして、振り返ったら亮くんだった。
「どうかしたの?」
「あのさ」
扉の前に立ちそのまま寄りかかり、ベッドに腰かける私に対し、亮くんは声をかけた。
「学校でのことを話そうと思って」
そうすると、亮くんは扉から離れ、私の方へと歩いてくる。
「婚約者がいる、って公言したことに対して?」
「ああ。お前は俺の発言については問題視してない、ってことか?」
そういうと、本当に自然に、ゆっくりと私の横に座る。
他意はないとはいえその距離感に、少しだけ緊張する。
「全く気にならないわけじゃないよ。つまり亮くんは、私に何がいいたいの?」
「やたらに告白を受けて……いちいち断るのが面倒。お前がいるなら、最近は別にもうお前が婚約者だって公言してもいいんじゃないか、って思う時がある。それを伝えに来た」
――それは、非常に困る。
「というか婚約者がいる、って公表するだけでも告白は減るんじゃないかな」
「目の前に本人がいた方が説得力あるだろ」
「でもまだ私としては……確定するまでは、公表しなくてもいいんじゃないかな、と思う。婚約者がいる、だけで亮くんの女性避けになるんだったら、相手が誰だか伏せればいいと思うし。……私だって知らせなくてもいいよね?」
「そこだよ。なんでそこまでみんなに知られたくないわけ?」
「それは……亮くん、人気あるから……」
ぶっちゃけ私じゃどうなんだろう、と思う。
「人気がある、ねえ……」
その言葉に納得がいっていない、という露骨な表情を浮かべられる。
「じゃあお前は人気がない、ってこと?」
「ないよ、告白されたことなんて!」
全くどうして、ものすごく悲しく恥ずかしい発言をしているのだけれども。
なんでこんな弁解をしなければならないのだろうか。
それでも、亮くんは黙ってそのまま私の手を取り、真剣な表情で迫ってくる。
「今まではなくても……これから、何かあるかもしれないだろ。その時に――」
「そんなの私も、ちゃんと断るよ。万が一あったら、だけどね。とにかく、公開するとかしないとか、そういうことなら……この話はもう終わりで」
私は、亮くんから少しでも距離をとろうと顔をそむけた。
それ以上のやり取りは、心臓に悪すぎる。いつもより近い亮くんの顔が――……。
亮くんは空いた片手を私の顎に触れ、むりやり前を向かせられた。
真剣な面持ちで揺るがない視線は強く私を捉え、もう逃れられない。
「――公表するんだな?確定したら」
いつもより低く、その声ははっきりと耳に届いた。
それもそうだ、亮くんが少し前にかがめば、その気になれば、互いの唇に届きそうなほど近くで告げられたから。
脅されているというよりかは、私の気持ちを確認をしたいという思いが伝わってくる。
それを、約束していいんだろうか。
迷う。
私にいまだかつてないその距離感で、そのまま亮くんは私の左手の指輪を撫でる。
一瞬だけ指輪をみた視線は今までで一番に熱が宿り込められたかのような――、そして妙に艶めいてすら見え、すると私の血は沸騰し逆流したように――熱くてたまらなくなる。
引き込まれそうになるのを必死でこらえ、何かをいわなければ、と思考を張り巡らす。
でも確定したとき、ということは、それはすなわち亮くんと――……?
……確定、って婚約の確定だよね?
だから、それはつまりは結婚だよね?
いまさらながら、その考えには至らなかった。
ずっと婚約を破棄することで必死だったから。
考え始めるととたんに現実を帯びてきて全身が、かあっと熱が上がり広がったように感じられた。
でもこの状況下で、亮くんの考えていることはサッパリわからないし、考えが上手くまとまるわけもなく。
鼓動が止まらないから、もうここでなんとか見逃してほしいし、離してほしいし、勘弁してほしいというのが本音だ。
けれども、私の回答を待ったまま、視線を戻され亮くんはもはや微動だにしない。
このまま、私に繋がれたこの手を離してくれそうにない。
指はそのまま絡められる。
そのごつごつとした感触の指に意識がもっていかれ、熱がさらに上昇したように感じらる。
あと一押しされたら――もうそれだけで、私はこの体の熱で溶けて消えてしまいそうだ。
「……そうだよ」
なんとかようやく、小さく必死でしぼりだしたその返答に亮くんは安堵した様子で、ようやく私から手を離す。
「それなら、別にいい。今は誰にもいわないことにする」
ふう、と息を整えた。やっと息が吸えた気がする。
――だって、お互いに――そう、でしょう?
公表して冷やかされるのは、嫌じゃないの?
公表した方が、亮くんにとっては、プラスなの?
そのまま離れて私の部屋の扉を閉めようとする亮くんの、その背中を――
じっと、冷めぬ熱のままで私は眺めていた。
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