第36話 山中くんの狙い
亮くんが回復した翌日から、私はできるだけ一人にならないように努めていた。
けれども、完全には避けられない。
この日も、そうだった。
ここ最近ずっと傍にいる亮くんも、移動教室で一緒にいくのが定番の春香ちゃんも不在だった。静まり返った教室で、雨が降る音がやたらに耳に響く。
ガラガラ、と扉が開く音で振り返ると、山中くんがいた。
「やっと一人になったね、佐々木さん。と、いいたいけど、その機会をわざわざ作ったんだから僕とちょっとだけ話をしてくれない?」
ということは、不自然に現状二人ともがいないのは、山中くんが手を回したということだろうか。そこまでして、一体私と何を話したいのだろうか。
「どうしたの」
「
そういって、山中くんは警戒している私に近寄った。手を伸ばせば届きそうな位置で。
「佐々木さん、借金してるんでしょ?矢継くんの家に」
瞬時に、身体が冷えていく。
――そのことを、なんで知っているんだろう。
知っている人は限られて―ーいや、そうでもない。お父さんが連れ去られたとき、何人もの黒服の人たちがいた。
「もっというなら、君の借金の金額も、というより原因も知ってる。婚約者になった経緯も。そこでさ――」
「!」
それにしても、内情を知りすぎている。
そこまでの情報は、それこそ限られた人しかしらないはずなのに。
なんで、と口から思わず出かかった。
「ねえ、佐々木さん……僕が助けてあげようか?」
提案に山中くんの顔を見た。
目が笑っていない。
善意でなく、この言葉の発言が更に恐怖を増大させる。首を振ることで拒否を示しつつ、ゆっくりと教室のドアへ私は近づいた。
「大丈夫、私は山中くんの助けなんていらないよ。それよりどうして、そんなことをいうの」
「……なんで断るの?僕は佐々木さんに見返りとして少しだけ頼みたいことがあるだけだよ?」
山中くんは構わずにじりよってくる。
「とにかく、ごめんなさい。本当に、山中くんの助けは要らない」
「だから、どうして、って?」
「私は……亮くんも、おじいさんともとても大切な約束をしたから。だから――私に構わなくていいわ」
「そっか。残念、振られちゃったな――って、いうと思う?」
ここでやっと私は、遠く感じた廊下への扉へと手をかけた。声は震えていただろうし、その威圧に立っているのがやっとだ。
すると、山中くんは私の左手をガッシリと強く掴んできた。
強い語気と共に、私の首に反対側の手が触れる。氷のような冷たい手。
そういい、山中くんは薬指の絆創膏にさらに触れた。
――その、指輪の感触を眺めながら、じっくりと確かめるように。
「……なるほど、左手の薬指だけがずっと絆創膏だから不自然だと思っていたけど……やっぱり指輪をつけていたんだ? でも、これはどんな意図があるのかな?」
振り払いたいのに、凍てつかれたように動けない。
「うーん、この場所だなんて、もしかして婚約指輪かなぁ? ……ってことは相手は、やっぱりあの――矢継亮?」
瞳がいちだんと鋭くなった。
指輪を見るのは闇を孕んだ、狂気のような瞳。
「いえない、か」
目線を私の瞳に戻し、山中くんはふっと軽く笑う。
「……僕は恨みがあるんだ、矢継家にね。君も矢継家のやり方は、嫌にならない? 僕に協力してくれれば、悪いようにはしない」
私はなんとか口だけ動かすのがやっとだ。
「恨みってなに? 私は亮くんもおじいちゃんも嫌じゃない。協力なんて、絶対にしないわ。……どういわれても、私には何もできない。離して、山中くん」
「何もできない?そうかな。僕はそう思わない、君自身に何かあるんだ。よく考えてみてよ。孫三人をわざわざこっちに転校させた上に、大枚をはたいて隣の席まで用意させたんだ。たかが女一人に、借金まで肩代わりして? 理由はわからないけど君が――、矢継家の現当主にとって重要な何かだよね?」
亮くんの他に目的が、が脳裏をチラつく。
そう考えれば、不自然すぎる点は確かにある。
「そんなのは、どうしてかわからないわ……。お願いだから、腕も手も離して……」
二度目の通告をようやくからからになった喉で告げる。
やっと声を振り絞って、もう気力が尽きそうな気持になった時、ガラリと扉が開けられた。
開けた主は亮くんで、私を、私の首元に添えられた手を、私をつかむ指元をちらりと見やる。
私は自分がどんな表情だったのかを混乱していてわからなかったが――、恐らく怯えていたに違いない。直後に怒りの表情を露わにすると、そのまま山中くんを睨みつけた。
「お前、何のつもりだ……!」
「ふふ、残念。邪魔が入っちゃったねぇ。君の考えはわかった。またね」
亮くんがかけよる前に私を離して、山中くんはうすら笑いで去っていった。
「山中ッ!」
亮くんも追いかけようと、教室の扉へと手をかけたところで、立ち止まり踵を返すと私の傍に走り寄った。そのまま足の力が抜けていき、私はその場にへたり込んでしまった。
恐怖でふいに亮くんの袖を掴もうとし、いつもの「触るな」を思い出し、ふと手が止まる。
すると亮くんは、すぐさま気づき私のその手を取って握りしめてくれた。
不安がとたんに霧散し、涙がこぼれでそうになる。
「亮、くん……」
「先生から呼び出しがあって。でも用件はないって――、変だと思ったらアイツの仕業か」
「……そう、みたい」
亮くんは座りこんだ私の肩に手を回し、支えてくれる。
「愛理、大丈夫か?唇が真っ青だけど――」
大丈夫、といいたかった。
けれども、ダメだ。
声が、うまく出せなかった。
視界がかすむ。
その亮くんの間近なはずの声も遠くなりーー
全身の力が抜けていく。
――そこで私の意識は、そこで途切れた。
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