第37話 約束
気が付いたらベッドで寝ていた。
ぼんやりとした頭で、首を動かすと何かがおかしい。
自分の部屋に似ているけど、壁にあるポスターが違う。
そして、どこかで見たような気が……?
もしかして、もしかして……
飛び上がるように起き上がると、私が寝ていたベッドの横で、亮くんが静かに本を読んでいた。
「起きたか?」
「ここは!?私……どうしたんだっけ?」
「あの後、教室で突然倒れたからな。お前の部屋に運ぼうと思ったら鍵がかかってたから、背負って俺の部屋に運んだ」
ということは、ここは――
「亮くんの部屋!?」
なんてことだと思い、叫んでしまう。
慌てて降りようとすると、足がぐらついて思わず倒れ込みそうになった。
するりと支えられるように、再び抱きかかえられ、思わず耳まで熱くなる。
「また倒れたらどうするんだよ……とりあえず、もう少し寝てろ」
「あ、ありがとう……」
そういわれベッドに戻されるが、気が気でない。
静かにしているとむしろ落ち着かないので、私は先ほどの疑問をぶつけてみることにした。
「山中くん、なんだかちょっと変だった」
「廊下から少しだけ話が聞こえた。お前は今後、あいつに関わらない方がいいと思う」
「でも、どうして急に。今までずっと普通だったのに」
「――俺が、というより俺らが転校してきたからだと思う」
「そう、そこだよ。山中くん、矢継家に恨みがある、っていってたけど……、亮くんたちと何かあるの?」
そこまでいったところで、私はちらりと亮くんの方を見た。
「愛理には話した方がいいだろうな」
亮くんはベッドの縁に座りなおし、私に向き合う。
「少し前のあの山中との出来事で気になることがあって、俺の方でも調べたんだけど……結論をいうと養子だった。山中は本当の姓じゃない。そして、山中の本当の父親は秋里陽介、俺らの会社の部長で、解雇されてる」
「それは、なんで?」
「解雇後に秋里陽介は逮捕されていて、詐欺まがいにそれが悪質だったことから刑務所に服役中だ。何があった当時の解雇の理由や服役に関する詳細は今、調べてる最中だ」
「そう、なの」
確かに実の父親が解雇されて服役なら恨みつらみもありそうだけど……。
互いに頷き、私はふと考えた。
――そう、この間までは、山中くんは確かに普通だったのに。
あんな様子では全くなかった。
私に対してだって、普通に、というかほとんど接してこなかったのに。
そこでようやく私の体調が回復してきたので、部屋へと戻ろうと立ち上がろうとする。
でもそこで時計をみると、もうすでに21時になっていた。
「ごめんね、亮くん。今日は探す時間を過ぎちゃって……」
その言葉に、亮くんは少しだけ驚いた様子で目を見開いた。
「何言ってるんだ?体調悪い時なんか探したら駄目だろ。っていうか、戻ったら当たり前だけど、すぐ寝ろよ」
「でも、亮くんを少しでも早く自由にしないと……」
「そんなに早く婚約解消したいのか」
かぶせるように発せられたその発言に、一瞬だけ私は混乱した。
あまりにも、私は間の抜けた表情だったのだろうか、亮くんは少しだけ頬を染めた後、首を振った。
「とにかく!別に、毎日無理して探さなくてもいい」
「でも、前に――」
「確かに、必死で探せとはいったけど、優先順位があるだろ。まずは体調、次に勉強。それに、俺がいるときに一緒に探せばいいだろ?」
「……亮くんが、その条件で構わないのなら……でも、無理しなくてもいいよ。海くんが一緒行って探してくれる、っていってたから」
「海が?」
「うん、だから私と無理に……、一緒に探さなくていいよ」
「別に無理してるわけじゃない。というより、海と一緒に探さなくてもいい。駄目だ」
「そんな訳にはいかないよ、一日でも早い方が、それに人手は多い方がいいじゃない」
「なんでそんなに……!」
亮くんの語気が強まり、思わず私はこわばってしまった。
「なんでもない。とにかく……無理するな、は俺のセリフだ。たまたま俺がいたから良かったけど、無理して、また倒れたらどうするんだよ?今後は、俺とお前の2人で一緒に探すから。だから、他のやつと――海とも別に探さなくていい」
「うん……」
そこまでいったところで、その後ずっと黙ったままになってしまった。
そうか、そういうことか。
私は亮くんに少しだけ近づくために体を傾けた。
「亮くん、ありがとう。本当に優しいね」
じっと見つめて、感謝を述べる。
亮くんはなぜかじっと私から目を離さない。
やがて、頬も耳も赤く染めた後に目をそらされた。
「なんで――……ありがとう?」
「ずっと気遣ってもらってるし、何度も助けてもらってるから。今日も来てくれて、助かったし」
心からの本音だ。
「別に、わざわざ教室に行ったわけじゃない。本当に、たまたまで」
「でも嬉しかったよ」
「……」
これも本音。
亮くんは静かに私を見ている。
すると、暖かな何かが不意に指先に触れた。
なにが触れたのか確認しようと視線を落とすと、それは隣に座る亮くんの指先で――思わず心臓が跳ねる。
とっさに当たった指先を離すと、私は少しでも離れるためにベッドから早々に立ち上がった。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、だいぶ良くなったよ!?」
私の声が裏返っていた。
「でも、もう少しいても――……」
そういって、再び私の指先に触れ、手のひらをそのままゆっくりと掴まれた。
「愛理」
いつもの亮くんからは考えられないような優しい声音。
そして、そのまま手の感触が伝わってくる。
それから、体中へと一気に熱が燃え広がるような感覚に包まれ、また私は手を思い切り引っ込めてしまった。
だめだ、今日は感覚がおかしくなっているみたい。
その熱が頬にまで耳にまで、脳にまでじんわりと伝わってしまったのが自分でもわかる。
「触るな、なんていって悪かった」
「う、うん……でも、いいの。ずっと触られるの嫌だっただろうし、ごめんって謝るのは私の方……」
「次からは構わない。婚約者同士だろ」
それは、そうだけれども。
どうして急にそうなったのかがわからない。
そもそも改めて触っていいんだといわれると、それもどうしていいのかわからない。
とても気恥ずかしい気持ちであふれてしまう。
いまだに全身火照ったままだ。
何より、今はどうしても――本当におかしくなってしまいそうで――
これ以上亮くんに触れたくも、触れられたくもない。
「もう、大丈夫、大丈夫だから。今日は、ありがとうね。おやすみ」
そうといいながら、私は全力逃走すべく通学カバンを持って亮くんの部屋を出ようと扉に手をかけた。
「おやすみ」
閉まる間際に私の後ろから――亮くんはそういって、いつもより一段と、優しい声が聞こえてきた。
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