第32話 学校④ 園芸部

 帰ろうと亮くんと並んで歩くと、ふいに遠くから「愛理ちゃん」と聞こえてきた。

 

 どこから聞こえてくるのかと、ぐるりと周りを見渡すと少し先に樹くんが裏庭に垣間見える。


 ああ、なるほど。園芸部に入ったのだろうか、スコップを片手に持って、こちらに手を大きく振っている。つられて、私も大きく手を振った。

 

 そっか、もう部活に入ったんだ。とても可愛らしい頬に少しだけ泥がついている。

 それでも、園芸が好きだといっていた樹くんらしい、嬉しそうで爽やかな、とてもいい笑顔だ。


 そんなことを考え、再び歩き出す。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 その聞き慣れぬ女性の声がどこからか聞こえたと思ったら、亮くんは私を覆うように、むしろハッキリいうと抱きかかえた。私の顔にふいに影が落ち、その視線が私とバッチリと重なったと思ったら――

 

 バシャリ、という音と共に亮くんに、ホースの水がバッチリとかかる。

 園芸部の女子部員さんは、「ごめんなさい」を連呼していた。

 私にかかったのは細かな水しぶきだけで、庇ってくれた亮くんは頭から背中まですっかり水びたしになってしまっていた。

 

「あちゃー――……」

「亮兄。水もしたたる、いい男だねえ」

 

 樹くんはそういって走り寄ってくると、私にタオルを渡してくれた。


「亮くん、助けてくれてありがとう」

 

 そのタオルで私は背筋を伸ばし、つま先立ちで黙りこくった亮くんの前に立つ。

 頭からワシワシと拭くけれども、大した水は吸えていない。

 

「結構冷たい水がかかっちゃったね。このままだと、風邪ひいちゃうから、これからジャージに着替えるとか……」

「もう帰るから、このままでいい」


 そういって、亮くんはタオルをかぶったままスタスタと歩き始める。

 確かに、一緒に車に乗って、すぐに温かくすればたぶん大丈夫だろう、と思っていた。


 この時、までは。

 

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