第31話 学校③ 山中くん
黒板消しで黒板を綺麗にしている中、ガラガラ、と教室の後ろの扉をあける音が響いた。ちょっと早いけど、職員室からもう戻ってきたのだろうか。
「亮くん、早かったね」
そういって、私は黒板消しを持ったまま振り返った。
けれども、そこにいたのは亮くんでは、なくて――……
「あれ、山中くん?まだ学校にいたの?」
部活はこちらの棟ではないし、用がないならこの時間帯に今、この場所にいるのは不自然だ。ゆえに、山中くんに限らず学校内のほとんどの生徒が帰ってしまったかと思っていた。
「亮くん、ね。なるほど。いや、ちょっと気になることがあって」
そういわれ、私は慌てた。
まさかクラスメイトに名前で呼び合うということを速攻でバレてしまうとは。
自分の甘さを猛反省しなければ……。
「佐々木さん、って矢継くんとどういう関係?」
これはまた、思い切って聞かれたものだ。
「えーと、隣の席の関係性だけれども……」
意図せぬ質問を投げられ、さきほどの亮くんのような――『そりゃないだろ』的な回答になってしまった。それは求めている回答ではなかったらしく、見るからに怪訝な表情で返される。
「それだけじゃないよね……?」
ゆっくりと無表情で近寄られ、私は違和感を覚える。
窓から届く日が陰り、湿った風が入ってくる。
それが教室内に運ばれ、なんとも言い難い薄暗さを運ぶ。
いつもの爽やかな笑顔を、皆に向ける明るい笑顔は、軽やかな返しの笑顔は――そこには無かった。
全身が気圧され、ぞわり、と何かーー妙な雰囲気を感じ取る。
背筋が震えあがり、そのままその悪寒は両腕へと広がっていく。私は一歩だけ下がる。
どうして?と発するまでもなく――後ろから誰かにぐい、と引かれた。
口を顔の横から伸びてきた大きな手で覆われ、そのまま何かがガツンと私の後頭部にぶつかった。
何か当たったのかと振り向こうとすると、それは――
(亮、くん?)
「二人きりで、なにやってるんだ?」
その降り注ぐ低めの声で、少しだけ安堵する。
何をしてるも何も、その大きな手で口をふさがれたこの状況では、私は何も話すことはできないけれど。見上げ、口をもごもごしながら『離して』とアピールをするが、しっかりと無視された。
そして亮くんの質問に代弁するように、山中くんが口を開いた。
「また矢継くん?いや、ちょっと佐々木さんと話をしていただけだよ」
「何の?」
「別に。たいした話じゃなくて、というか――矢継くんこそ、どうしたの?そろそろ離してあげないと、佐々木さん、苦しそうだよ」
山中くんにいわれ、亮くんは私へと視線を落とす。
すぐさまその無骨な手が私の口からやっと離れ、大きく息を吸った。
すっかり顔が赤くなってしまったのは、後ろから抱きしめられるような距離感ではなく――きっと息苦しかったからであろう。
まだ少しだけさっきの山中くんが怖かったので、ひっそりと亮くんの胸のあたりの服を掴んでいるのは内緒だ。
当人にはきっとバレていない――、ことを祈る。
「なんでここに?」
「日直だからな」
「……にしては……」
山中くんは私と亮くんを交互に見やる。
しまった、これは流石に亮くんにひっつきすぎだろうか。そのまま沈黙が訪れたので気まずくなり、そういえばと私は口を開いた。
「あ、あの山中くん。席の件は替わってもらって、ごめんね」
「いきなり僕だけどうして、って思ってたけど……やっぱり君たちが原因で何かあったんだね」
「というより、愛理。なんでお前が謝る必要があるんだよ?前もいったけど、あれは――じいちゃんが勝手にやったことだろ」
「それでも、なんだか悪いじゃない。もしかしたら、山中くんも席を替わりたくなかったかもしれないし……」
「別に席なんてどこでもいいだろ」
「そうなんだ?じゃあ、矢継くん。僕ともう一度、席を代わる?僕は佐々木さんの隣がよかったな」
山中くんの発言に対して、亮くんは一瞬言いよどんでしまう。
その態度に、山中くんは一瞬だけ目を細めて笑った。
「――なるほどね。それなら、今日はもういいや。君たちのことが、なんとなくわかったから」
山中くんは踵を返す。
愉しいとも、可笑しいともいえる奇妙な笑顔を浮かべたままで。
「じゃあ、またね。お話楽しかったよ、佐々木さん」
結局、なんのために来たのかわからなかったけれども――……
「一体、どうしたんだろう、山中くん」
「というか、あいつ――何者だ?」
「えっと、なんだったかな……どこかのグループ会社の息子さんだったかも。いつも、あまり話したことなくて……詳しくは知らないの」
「ふぅん」
隣の席だったからと、対して親しいわけではない。
というより、ここまでしっかりと話したのは初めてなくらいだ。
どうして、今頃になって、私に?
そして山中君については、亮くんが引っ越してくる前――クラスの女子たちが新学期に騒いでいたような気がする。
山中くんもクラスでとても人気のある男の子だったから。
今度、詳しそうな菜々美ちゃんに聞いてみようかな。
……覚えていたらだけど。
「とりあえず、帰るぞ」
「って、一緒に?」
「”婚約者”同士だろ」
――嫌みないい方で吐き捨てるようにいわれてしまった。
全く、そう思っていないだろうに、といいたいけれども。
「……そうだけど」
「日直同士だし、学校出るまでは大丈夫だろ。というか、これだけ学校内に誰もいなけりゃ、一緒に車で帰ってもほとんど見られないだろうし」
そうして、私は促されるように亮くんと教室を出た。
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