第30話 学校② 隣の席

 

 日直を教えていて、いつの間にか放課後になってしまった。

 二人きりになった教室で、亮くんは明らかに不満そうな表情を浮かべる。

 

「日直、楽しい? 好きなの?」

 

 自分で亮くんに聞いといて、変な発言だとは思う。楽しいかと問われると、確かに日直は面白いものではないのだが、やりたがった割には――反応が妙で。いかんせん亮くんは行動が不可解すぎる。そもそも、なんで山中くんと日直を代わりたがったのかも。

 

「そんなことはどうでもいい」

「じゃあ、なんで怒ってるわけ?」

「怒ってるわけじゃない」

 

 要点がどうにもつかめず、私は亮くんの方を見た。

 言葉に一瞬詰まった後、視線を落としつぶやいた。

 

「さっきのことだけど――なんで俺のこと矢継、って呼んだんだよ」

「でもこのクラスで私だけ亮くん、って呼んだら不自然じゃない? 学校では苗字で呼んだ方がいいよね」

「……隣の席だし……」

「いや、いくら隣の席でも……さっきの山中くんとか下の名前で呼ばないし……」


 せいぜい、親しい女の子程度だ。

 

「なんで今、あいつの――山中の話をするんだよ」

 

 それでも亮くんは納得がいかないのか、ぶつぶつと文句をいっている。小声でよくは聞こえないけれども。意図がつかめない亮くんは、いつものこと。関わってから、そう思うようになった。

 

 でも不意に黙り込むと私の瞳をじっと見つめてきた。


 開け放った窓からは緩やかなそよ風が吹いて、その艶やかな髪の毛を揺らす。


 その息を呑むような神秘的な様子に、一瞬、私の息が止まった。

 

 あまりにも近距離で、そんなに見られるとさすがに恥ずかしくなってくる。

 私は思わず手元の日誌で顔を隠したけれども、その日誌を取られーー……また目が合ってしまった。

 

「愛理」


 名前を呼ばれたままじいっと見つめられ、私は瞳に吸いこまれたように時が止まる。遠くで聴こえるグラウンドの喧騒は、さらに遠のいて亮くんに全ての意識を向けてしまう。


 今、まともに返答できる気がしない。

 息が一瞬だけ止まる。

 声が震えてしまいそうだ。


 日誌を持つ互いの手が触れ、やがて重なり――

 もう片方の手を机の上で優しく指を絡められたところで、現実に引き戻されたように息が戻る。


 とたんに心臓が跳ね上がり。


 「亮くん!に、日誌を届けてくれる!?」

 

 変に意識をしないように――椅子を思い切り引き下げ、手を引き剥がし離れた。

 そういう女子がコロッと、瞬時恋に落ちそうなことを――私にするのはやめていただきたい。今までの憎たらしい私への口ぶりや様子や態度が嘘のように、そんなことをされてしまっては――

 

 こちらの心臓が持たないから。


 私の反応が面白かったのか、どうだったのか、亮くんは何かに勝ち誇ったような表情で立ち上がった。

 

 「職員室行ってくる」

 そういって、手元の日誌を持ち、教室を出て行った。


 残された私はため息を盛大について、心を落ち着かせると黒板消しの作業へと取り掛かった。

 

 全くいったい、どうして。


 ――亮くんは、何を……いや、私で遊んでいたような気すらしてしまう。

 

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