第29話 学校① 日直と山中くん
私が教室に着くころには、亮くんはすでに席に座っていた。
いつの間にか、車で追い越されていたのだろう。
ともあれ、特に横目でちらりと見られる程度で、互いに会話はなかった。
この程度の距離感で、ちょうどいいのかもしれない。
私はここ最近のストレスだろうか、食欲が少し落ちている。
学食の時間に亮くんは「もっと食べろよ」なんて他の誰にも聞こえないほどの小声でいわれてしまったけど。
授業の合間に新たに配布された生徒手帳には、確かに”婚約者がいるものにつき、指輪着用可”と記載されている。まさか矢継のおじいちゃん……冗談かと思えば、あの言葉が本気だったとは。そんな項目が追加されたことに対し、『何がどう違うのか』と騒ぐものの、気づいた人はほとんどいないようだった。
その後、ホームルームもつつがなく終わりそれ以外亮くんは、終始静かにしていた。休み時間ごとに周りで騒ぐ女子生徒たちに、興味を示さずのままで。モテるということは、想像以上に大変で面倒なのかもしれない。
私の方を一度も見ない。
少しだけ物寂しさを感じる。
亮くんはただ単純に――私を助けたのだから、最後までとばかりに義務感に駆られているだけかもしれないけれども。
ふっとそれで思い出す。
そうだ、春香ちゃんに土日にあったことを話さないと。
とはいえ、春香ちゃんは声が大きいので、放課後の誰もいない教室や部屋で伝えた方がいいだろうな……。
そんなことを私が考えていると――……
「ねえ、佐々木さん」
隣の席だった山中くんが私の顔を覗き込むように声をかけてきた。
こげ茶色の瞳にばっさりと豊かなまつげ。きめ細かな素肌に、そこはかとなく香る初夏の花の香り。
「わ、どうしたの?」
突然の美男子のどアップは心臓に悪い。
思わず私は椅子をとっさに後ろに引き下げ、距離を取る。
「席が替わっちゃったから、わかりづらいけど――……僕たち今日、日直だよ」
「あ、そっか。忘れてた、ごめんね。一緒にやろうか」
「でも佐々木さん……、指を怪我してるの?じゃあ、仕事を分担しようか?」
優し気にほほ笑むような表情でそういわれ、山中くんは私の左手を取ろうとし――
慌てて、私は手を引っ込める。
驚くほどナチュラルな所作すぎて、あやうくその差し出された手をとるところだった。
危ない危ない、変に触られたら婚約指輪がバレてしまう。絆創膏を重ねすぎて、かえって重い怪我に見えたかもしれない。それにしても、山中くんは女子に定評があるからか、細やかなことまでちゃんと見ているんだな……。
一瞬、山中くんは不思議そうな表情を浮かべ、私の左手の薬指をじっと眺め、すぐにまた笑顔に戻る。
「これは失礼したね。じゃあ僕がいつも通り力仕事はするから、佐々木さんは日誌とか簡単なのをお願いできるかな?とりあえず、職員室に一緒に行こうよ」
周りの女子たちは、その彼の浮かべた好青年というべき爽やかな言動と笑顔に見惚れている。私だけではなく、どのような女の子に対しても、こんな感じの山中くんは非常に評価が高い。私はなんというか、やはりどうも演技っぽく感じて――申し訳ないが少々苦手感があるのだけれども。
「うん、よろしく」
ひとまず頷いて私は席を立つ。
すると、亮くんがとっさに私の腕を掴んできた。
何かと振り返ると、眉間に皺をよせながらも私を見上げ――
「俺が代わりに今日の日直やる」
「え?」
「どうせそのうち、日直しなきゃいけないんだろ?それなら転校したばかりだし、今後のために日直のやり方を教えてくれ」
ぶっきらぼうに亮くんはそういうと、ふっと山中くんの向かい側に立ち上がる。
二人で並んで立っていると、これが素晴らしく見応え眼福まっしぐらだった。
なんだか人気アイドルのユニットにも思えてしまう。
……わあ、亮くん、いつも黙っていればいいのに。
その様子に周辺の女子たちが目を輝かせながら「それなら私が教えたい」「囲まれたい……」なんて小さく騒いでいるが、相変わらずのスルーっぷりである。
「そっか。じゃあ、山中くん……矢継くんに教えるの、よろしくね?」
そういってほっと胸を撫でおろし、私がすべてを二人にお任せし席へ座ろうとすると、亮くんはとたんに私に見下ろすように冷たい視線を浴びせた。
「そうじゃない。お前が、俺に、教えるんだよ」
なんで、という声は出せなかった。
私は亮くんに多大なる恩義があるから――、そう思えば、日直を一緒に教えるくらいは……わけないはずだ。そして亮くんは私への視線から打って変わったように、山中くんへは私に対する態度とは相反する作り上げた笑顔を向ける。
「山中くん、だっけ。俺から先生に日直を代わったことを伝えるから、大丈夫だよ」
「でも――……」
「そうか、代わってくれるんだ?ありがとう、山中くんは優しいな。で、愛理。何からやるんだ?」
いやいや。
亮くん、かなり強引に話を進めたな?
心の中でだけれども、私はツッコんだ。
なにせ、 ここで変に口を挟むと碌なことがなさそうな気がするし。
私は黙ったまま経過を見守っていたら、山中くんは目を見開き何かをいいかけ、やがて私に悲しそうな表情で日誌を渡し、そのまま自席へ戻っていった。ううむ、席替えのこといい――なんだか山中くんにはとても悪いことをしてしまっている気がする。
後で、謝ろう。
そんなことを思いながら、私は亮くんの机で日誌を開いた。
「とりあえず、黒板消しとゴミ捨てと日誌があってー―……」
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