第23話 凪編 /理由

「はぁ?!亮が仮の婚約者になったって?」


 俺がそういうと、部屋の盆栽を手入れしていたじいさんは頷いた。

「凪、お前声が大きすぎるのぅ」

 

「じいちゃんの初恋の孫だか何だか知らないけども――やけにあの女の子を贔屓ひいきしてるよね」

 

 その言葉にじいちゃんは、あからさまに眉をひそめた。


「ばあちゃんとは、政略結婚だったから?」

 

 じいちゃんはぐっと息を呑み、ギロリと俺を睨み、不機嫌を露わにする。


「その話をするなら、部屋から出ていけ」


 ここ最近、イライラしていたからって、言葉を間違えてしまったみたいだ。

 

「もう樹からきいたけど――あの子、じいさんの日記を探せばいいんだって?」

 

 じいさんは静かに俺の方へと向き直り、じっと俺の方を見た。しばらく黙っていたが、ふんと鼻をならした。



「そうじゃ。ワシに日記を渡せば、めでたくお嬢ちゃんは借金帳消しで、この家をでていける」


なんとか話をつなげたみたいだ。 


「つまり、日記を俺が探して追い出すこともできるってこと?」

「もちろん可能じゃ。お前に、それができるのならばな」

「今のはさらにヒント?」


 その言葉に、じいさんの眉がピクリと動く。

 

「凪」

 

 やがてため息をつくと、剪定せんていハサミを置きソファーへと座った。

 

「ワシがお前たちに今回したことで、あのお嬢ちゃんを嫌っていることはわかっている。だからこそ、その件でお嬢ちゃんを傷つけるのをやめろ。ワシにとっては、お前たちもまた可愛い孫じゃ」


「――……!」


 そんな言葉で、誤魔化そうっていってももう遅い。

 それに――

 

「俺たちに対して、どこがどう可愛がってるんだよ?全然伝わってこない」


「ワシはお前たち三人の意向をくんで、望み通りお嬢ちゃんをお前たちに一生会わせぬようにしようと思ったんじゃがの。亮が……あの場にいあわせてさえいなければ。身を粉にして働くと宣言したお嬢ちゃんを――それくらいなら、自ら望んで婚約者になるからダメだと亮が申し出たのじゃよ。なんという感動的で、情熱的な展開じゃろう」


 この茶番好きの食わせ物ジジイが。どうせ、そうなるように仕向けたんだろう。


「……それで、話は以上か?」

 

 それにしても、あの女にじいさんに固執されるほどの何があるというんだ?

 

「じゃあ理由を教えてくれよ、ただの初恋の人の孫だったから? どうしても、あの子じゃないとダメなの?」

 

「そうじゃのう……ヒントくらいならくれてやろうか。まことの価値は、失った時に気づくものじゃ。お前が見目の麗しさを重視するならば、それとは異なるものごとの価値と美しさに気づかぬ方が幸せというものじゃ」

 

「言い方が回りくどいね。つまり、俺が愚鈍だっていいたいの?」

 

「……お嬢ちゃんなら、きっとワシの日記を見つける可能性が高い。じゃが、お前の連れてくる女子たちならば――どうじゃろうな? 恐らく絶対に見つけられんだろう。これでワシのいいたいことがわからぬなら、それは愚鈍ということじゃ」

 

「そんなの、わからないだろ。いくら探しても、あの女が全く見つけられない可能性だってあるじゃないか」

 

「試してみるか? 賭けてもよいぞ」


「そんなの、やるわけ無いだろ。この、もうろくジジイ……!」

 

 俺の言葉に動じることなく、そのままじいさんはテーブルにある茶をすする。

 

 ――これ以上は話にならない。

 そう考えて、俺はじいさんの扉を思い切り閉め、でていった。

 

 そのまま、苛立ちを押さえながらも廊下を歩いていくと、そこにはあの子――愛理が図書室に入るところだった。

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