第20話 仮婚!①

 亮くんたちの話が長引いている。

 私は一人、応接間で出された紅茶を少しずつ飲んでいた。

 

 すると、冷めたころにやっと応接間の扉が開かれる。

 と思っていたら――亮くんと矢継のおじいちゃんが入ってきた。

 

 ドカッという音と共に、亮くんはなぜか私の真横に深く腰かけると、足を投げ出しつつ眉間にしわを思い切り寄せながら、腕を組んでいる。

 

 どんなやり取りがあったかわからないが、二人は相当な言い合いをしたのであろうことは、その様子から察することができた。

 応接間は、防音性能が高いのか、何の話をしているの聞こえなかったけれども。


「待たせて悪かったの、ちょっと――事情が変わってな。ほほ」

 

 おじいちゃんは先ほどと同じように、妙にたのしそうな笑顔を浮かべていた。

 その言葉に、亮くんは私にしか聞こえないほどに小さな声で「この道化ジジイが」とつぶやいた。


「では要点だけまとめていおう。まず、お嬢ちゃんには、確かに働いてもらおう。ただし、高校をいったままで、この屋敷の中でな」

「え?この、屋敷で?」


 しかも、高校に行ったままでいいとはどういうことなのだろう。

 

「そうじゃ。頼む仕事は一つだけ。『この屋敷の中にある、ワシの昔の日記を探し、それを読み、ワシに渡すこと』じゃ。それを見つけることができたら、すべての借金を帳消しにしよう」


「……のが仕事……?」

 私は、予想外の回答に驚いた。


「でも、ただ探せば借金を帳消しというのは簡単すぎじゃあ――」

 

「その日記には、今のワシにはとても金にも他にも代えがたい価値がある。それほどの、大切な日記じゃ」


 なるほど……、でも、それならなぜ他の人に探させないのだろう?

 疑問が私を襲うが矢継のおじいちゃんは話を続けた。


「日記は、この屋敷の中のお嬢ちゃんの探せる範囲にある。ワシの部屋と男三人の部屋にはない。そこ以外は、どこをどう探してもよい」


 頷く私、確かに男性陣の部屋にないのは助かるけれども。

 

「高校を辞めて働かせるのは、酷じゃからな。それならば、通いながら探せる。条としては……かなりよかろう? たかが日記と侮ることなかれ。この屋敷の中は広いぞ。いくら探しても、探しきれんかもしれん。そして、これが一番大事じゃ。期間内に日記を探せなかった時のペナルティもある」

 

 そしておじいちゃんの目がギラリ、と光る。

 

「な、なんでしょう……」


 私は、唾を呑みこみ、その続きを待った。


「日記を見つけられなかった時には、亮と結婚してもらう」


 ――


 ――……ん?


 私は、隣に座っている亮くんの顔を横目で確認した。

 間違いなく全身から漂う不機嫌なその様子は、どう考えても”大歓迎です!”といった感じはみられない。


 ――なぜ、そんなことに?

 

 「え?」

 

 聞き間違いかな? と不思議に思い、再確認してみようと向き合った。


「日記を見つけたら借金帳消しで、見つけられなかったら亮くんと結婚ですか?」

 

「そうじゃが、なにか不満があるかの?」


「え、待って?なんで、そんなことに!?」

 

 思わず言葉を発してから、敬語になってなかったことに気づく。

 すると、ようやく亮くんが口を開いた。


「文句いうなよ? お前は、俺にさんざん迷惑をかけたんだから、この条件と契約を呑んでもらう」


「でも、意味がわからないよ――。それじゃあ、亮くんに何もメリットがないし! むしろ、どうして――そうなるの!?」


 亮くんは、私の腕をしっかりと掴んで睨んできた。


「そもそも、俺は勝手に、お前に振り回されるのが気に入らなかったんだ。これからは、俺の意思で俺の好きにさせてもらう。いいか――」


 そしてもう片方の手で、私の首の後ろを掴むと、その顔を近づけ――

 

「俺に転校までさせて、ここまでさんざん俺に迷惑をかけて申し訳ないと思うのなら――、死にもの狂いで今日から日記を探せ。そして、俺をきちんと納得させた上で、この契約も婚約も破棄しろ! それがお前の――、俺に対する責任の取り方だ! わかったな!」


 茫然ぼうぜんとしてしまって、言葉が頭にじんわりと染み込むまで、随分と時間がかかった。


 やがて亮くんは私を離すと、また不機嫌そうに腕を組み、そっぽを向いた。


「ということじゃ。これから亮が仮の婚約者じゃからな、よろしく頼むの?」

 

 ええ……? 全くよくわからないけれども――……


 そして、矢継のおじいちゃんは、嬉々として追加契約書を私に差し出してきた。


 ――そこには、見まごう事なき文面で『卒業までの期間、日記を見つけるまでは矢継亮を仮の婚約者として扱う』、と記載されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る