第19話 亮編 / 真の狙いは
「亮くん、ごめんなさい。短い間だったけど……お世話になりました」
目の前の女――愛理にそういわれ、動揺したのは否めない。
泣き腫らして先程まで悲しみを抱えていたはずの琥珀色の瞳には、困惑の表情の俺が映っていた。それを構わないかのように、全てを受け入れた笑顔が返ってくる。
――本気だ。
胸が掴まれたように、やたらに痛む。
愛理に確かめるように視線を合わせると、さらに
声をだそうとしても、何をどう伝えたらいいかわからない。
――そもそも、俺はどうしたいんだ?
コイツが出ていけば、それで万事解決なのか?
そうじゃない。
愛理は応接室へと向かって歩き出す。
契約が完了すれば、もう会うことはない。
お前のせいで、って俺がずいぶんと責めたからだろうか?
いった言葉に対して、我ながら後悔してしまう。
怒りに任せて余計な言葉をいわなきゃよかったかと再び心が深く
いや、もしかしたら俺より愛理の方がもっと――……
でもこれは誰のせい、なのだろうか?
そもそも誰かのせい、でいいのだろうか?
迷惑をかけたくない?
ここを出て高校を辞めて働く?
自分で決めたことだから?
でも、それは――。
――納得できない。
こんなすべてに納得がいかない形で、終わらせるなんてあり得ない。
次の瞬間には、愛理の手を掴んでいた。
手を引き、自分側に引き込む。
まだだ。まだこの話を終わらせるわけにはいかない。
そして俺は、そのままじいちゃんに向き合った。
「……待ってくれ。その前に俺とじいちゃんの二人で話をさせてくれ。愛理、お前は応接室にいってろ」
「え?」
じいちゃんは頷き、執事に人差し指で指示をする。
やがて、俺の手から離れ、そのまま愛理は応接室へと連れ去られた。
そして、俺は再びじいちゃんに声をかける。
「そもそも、じいちゃんの狙いはなんだ? 目的は――あり余るほどある金じゃないだろ」
「……ああ、そうじゃな。あのお嬢ちゃんには、やってもらいたいことがある。死ぬ前に叶えたいワシの願いがある」
「それを、はっきりいえよ。本音は金でも俺たちとの婚約じゃないなら、一体なにを――」
「契約は破棄された今、ワシが今後どうするかは部外者であるお前にはいえんな。気の毒に思えるかもしれんが、破棄したお嬢ちゃん自身が借金を返す、現実とはそんなものじゃよ」
「そもそも、アイツの借金じゃないだろ!そもそも、元を正せばアイツの父親の借金ですらないだろ!」
「ほほ、その通りじゃがな。だからなんじゃ? それがお前に何の関係が? ないじゃろう? ただの部外者の、お前が――、口だけならばなんとでもいうがいい」
その通りだ。
そこに関しては、何も間違っていない。
それならば――
「でも家族だろ、じいちゃん。俺の話をきいてくれたっていいじゃないか」
「家族だろうとなんだろうと契約はワシとお嬢ちゃんじゃ。お前らは帳消しの条件の婚約の話を拒否したじゃろう。いや、拒否権は無論お前にもある。だがな、お嬢ちゃんを救えなかったことに関しては――お前も同罪じゃ。 そうじゃないなら、違うというのなら――お前自身も文句ばかりでなく体を張ってからワシに物をいえ」
――そんな。
無茶をいいやがって。
「でもそういったって、条件は結婚だろ?いくらなんでもハードル高すぎじゃないか!」
「ただの”検討”の段階ですら拒否したのはお前ら三人じゃ。その結果が――あのお嬢ちゃんの涙につながったのが、お前はまだわからんのか!」
強気の口調で即時返され、俺はひるむ。
「それは――……」
――それは、そうだけれども。
確かに俺は、もう無関係で、ここで、やり方に文句をいっているだけにすぎない。
提示された条件を拒否して手を貸さず、ただ同情だけをして、ここでじいちゃんに不満をぶつけてるだけの――ただの卑怯者だ。
「仮に無報酬で借金帳消しだ、といわれてお嬢ちゃんは、そしてお前は、納得するのか? お前はいくらでも――誰にでも無尽蔵に金を与えるのか? 金を出すのも貸すのも返してもらうのも――すべてワシじゃ! そうでなくとも無関係の部外者が、稼ぐ苦労をもしらん青二才が――返済に関してくだらん
全くどうして、返す言葉が見当たらない。
ぐっと息を呑み、ただ見返すことだけだ。
「あのお嬢ちゃんがどうなろうが、関係なかろう? 境遇は可哀想だが、それが現実じゃ。たとえそれが親の借金でも他人の借金でもあろうともな。それが倍の金額になろうが、自業自得で――その結果どうなろうが――借りたものは返す。世の中の道理。契約上、仕方がない事じゃ。あのお嬢ちゃんは、それを受け入れたじゃろうが。話は以上か?」
違う。
そうじゃない。
そんなのはダメだ。
借金を倍にするなんて、無茶な契約までふっかけてか? ふざけやがって。
「お前たちにはお嬢ちゃんは二度と会わせん! 学校をやめてもらえば、望み通り二度と会わんで済む。それでお前たちは満足じゃろうが!」
そうじゃない、俺はそこまで望んだわけじゃない。
世の中の道理がどうだ、とか契約だとか、それよりももっと――もっと。
「何が悪い? 何が気に入らないんじゃ! お前はただここで”可哀そう”と同情するしかできん――口先だけのくだらん人間か?」
自分でも理解不能な悔しさが込み上げる。
どうしろっていうんだよ?
これ以上、俺にできることはあるのか?
そうであるなら、じいちゃんを納得させる手段は――、たった一つしかない
「――部外者じゃなければ、いいのかよ?」
売り言葉に買い言葉。
じいちゃんの誘導作戦に、俺は乗せられているのだろう。
けれども、これはどうしても、こんなのは心の奥底から腹が立つ。
ここで、あいつを、愛理をここから放り出して、どっかで働かせて?
借金はお前たちのことだから、俺は関係ないだろ?
それでいい――、とはどうしても思えない。
「どうするつもりじゃ?当たり前じゃが、お前が肩代わりする、と現実的でないことは認めんぞ?そもそも矢継家の者には、肩代わりは一切認めん」
「わかってる。それなら――」
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