第17話 亮くんのジャケット

 ふと、思い返す。

 亮くんにも凪くんにも、いわれたことを。

 ――お前のせいで。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、ノックの音が部屋の中に届いた。


 どうにも気力がわかず、扉を開ける気にもならない。

 しばらくノックの音を放置する。

 やがて音が止んだと思ったら、ガチャリとドアノブが回され扉が開けられた。

 

「絶対いると思ったら、やっぱり居留守かよ」

 

 そしてその声の主の亮くんが、私の近くへと見下ろすように近づく。

 

「なんだよ、お前……目が腫れてるし、ひどい顔だし。どうしたんだよ?」

 

 辛辣な言葉だとは感じつつ、もう返事をする気力もない。

 ただ、ぼんやりと亮くんの顔を見ていた。

 

「言い返さないのか? なんだか変な感じだな。昨日までめちゃくちゃ元気だっただろ。もしかして、昨夜のあの後――凪兄と何かあったのか?」

 

 心配するような声のトーンへと変わり、私の隣のソファーへと座る。

 まぶたを冷やしたまま、私は亮くんへと向き合った。

 

「亮くん、ごめんなさい……」

 

 なんとか小さく声を絞り出し、そして亮くんを見た。


「――どうした?」

「転校させて……迷惑、かけちゃったよね」

 

 涙が再びあふれそうになる。

 グッと氷嚢を強くあて、涙を必死で抑え込んだ。


 私の言葉に、亮くんはなにかいいたげな揺らぐ視線を投げた後――、しばらくの沈黙が続く。


 やがて亮くんは気まずそうな顔を浮かべ、私からの視線を避けるように顔をそむけた。

 

 「もう、文句はいったし――そもそも、あれはじいちゃんが勝手にやったことで、お前のせいだとはいえないよな?」

 「でも」

 「俺も、八つ当たりだっていう自覚はあった……もう謝らなくても別にいい。そのことか?」

 「それは――ううん、いいの。えっと、それで亮くんは、いったいどうしてここにきたの?」

 「じいちゃんが呼んでるって伝えに来た。なんで、俺に頼むんだかな」

 「……そっか、ありがとうね……」


 静かに私は立ち上がり、亮くんを置いて部屋を出ていこうとした。

 体の動かし方を忘れてしまったかのようにふら付いてしまう。

 なんだか、うまく、頭が働かない。

 でも口を開くと、思考を働かせると、再び感情がこぼれ落ちて、ぼろぼろと泣いてしまいそうだ。

 

「なあ」

 

 後ろから声をかけてきたので、思わず振り向く。

 亮くんは振り向いた私の目の前に立っていて、頭にバサリと何かがかけられた。

 なにかわからず、頭からかけられたものを剥ぎとると、それは亮くんの黒いジャケットだった。

 

「……?」


 意味が分からず、そのジャケットを見つめていると、やがて亮くんは口を開いた。

 

「そんな顔、他のヤツにあんまりみられたくないだろ。仕方ないから、俺がじいちゃんの部屋に連れてってやるよ。見られないように……それを頭から、かぶっとけ」


「なんだか逮捕された犯人的な……」


「お前なぁ……。せっかく俺が気を使ったのに、ありがとう、とかそういう言葉ないのかよ!?」

 

 すっかり気分が落ち込んでいたけれども、少しだけ元気になってきた。

 亮くんも、こうして関わるとけっこう優しいところがあるのかもしれない。

 

「ふふ、ううん。ありがとう」

 

 なんだかんだで、スマホを持ってきてくれたり、気を使ってくれたり。

 本当に、優しいんだ。


 私が思わず笑うと、亮くんが「全く」と小さく呟いたのが聴こえた。

 

「亮くん」


 自分で自分の意思を確認するように、亮くんの黒くとても綺麗な、今だけ優しくなっている――その瞳をしっかりと見つめる。

 

「私……これ以上、みんなに迷惑かけられないもんね。――私も、矢継のおじいちゃんに、大切なお話しがあったんだ」

 

 一生懸命に、笑いかけた。

 かなり無理があったけれどもニコリとほほ笑む。


 それは、私は亮くんに対して、今作れる精一杯の笑顔だった。

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