第15話 嫌悪
凪くんは私の方をチラリと一瞥すると、切り出してきた。
「さて、亮だか樹だかの婚約者さん。ああ、俺は除外で。なにせ俺ねえ、美人で優しくて賢くてスタイルのいい女の子がいいんだよねえ。できれば、胸もあって欲しいかな」
「知ってます。さっき見ましたし」
「だから、君は論外」
「それなら良かった。じゃあ、私はどれをとっても失格のようですし。それで?」
「だから、樹も亮も全く君に興味ないなら、それはそれで都合がいいのかもしれない」
「わかりませんね。つまりは? 手短に、結論からいって欲しいです」
そう、私が聞き返したときである。
「……この家から出て行ってよ」
ソファーからやおら立ち上がり、私ににじりよった。
文字通り動作こそゆっくりであったため、思わず私も少しずつ後ずさったが、私の背に再び壁の感触が当たる。幸いにも今度は頭を打ち付けはしなかったけれども。もしかして叩かれる? いや、そんなことは流石にしないよね?
そう考えを張り巡らしていた瞬間、凪くんは私の腕をとった。
「な……んで、ですか」
その迫力に思わず私の喉がゴクリと鳴った。
「嫌いだから」
「どうして、そんなに――」
私は早口でまくし立てるように凪くんにいった。
この不可思議な空気が怖くて、いつもより少しだけ声が大きくなる。
静かに、さらに距離を詰められる。
もうその瞳は目前に迫る。
――けれども、その瞳からは何の感情も見えてこない。
何も。
咄嗟に、私は凪くんをぐい、と思い切り押しのけた。
「どうせ亮も樹も君に興味ないんだから、『検討してる』ですませれば良くない?」
「それは違います。この家にいることが契約の一部なんです」
「この家にいることが? どういうことだよ」
「そんなの、私にいわれても――……」
身体ごと壁に押し付けられ、髪の毛の束を掴まれると、グシャリとまるごと握りつぶされた。
「じゃあ、ずっと君がここにいなきゃいけないって? なんだよ、それ……!」
凪くんのこげ茶色の瞳が月のように一瞬だけ輝き、ふとまた闇を孕んだ黒茶色へと戻っていく。
「俺たちを転校させて、あげく婚約者候補として、俺らの中から誰かを選べだって?いい加減にしろよ。君、一体何様のつもりだ? 俺たちは――君の借金を返す都合の良い道具じゃない」
返答につまる。
なるほど、凪くんがいいたかったのは、そういうことだったのか。
自分が、そういう扱いを受けていることがイヤだったんだ。
そしてもう片方の手は、私の顎に冷たく触れる。 頬に触れている手が爪を立てた。 ガリ、と引っ掻かれたような痛みが襲い、そのまま私を傷つけた。
その端正な顔がゆがめられつつも笑う。再び爪に力が入れられたため、反射的に守るように突き飛ばしす。混乱したまま、頭を抱えるように私は叫んだ。
「出て行ってください」
「そうだね。いいたいことは、今いったから……もうこれ以上の用はないよ」
凪くんが去っていった部屋で、私は涙をこらえ、一人で座り込んでいた。
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