第13話 亮くんに渡されたスマホ

 ぼんやりと夕食を口に運んでいると、部屋にノックの音が響き渡った。

 対応するために出ると、そこには亮くんが立っていた。 

 どうして、と返答する間もなく、亮くんは勝手に私の部屋に入ってきた。

 

「ほれ、お前にだよ」

 

 言い放った亮くんは、私のベッドに向かって何かを放り投げる。

 慌てて何を投げられたのか、わからずに駆け寄って確認すると――

 

「スマホ?」

「それで、父親と連絡をとりあえってさ。じいちゃんから」

「――!」


 手元のスマホの電源を入れる。

 これで、お父さんとお話ができる。

 ずっと心配だったから、本当によかった。

 これ以上ないほどに、今一番欲しかったプレゼントだ。

 スマホをギュッと抱え、思い切り亮くんにお辞儀をした。

 

「……そっか。亮くん、持ってきてくれて……ありがとう」

「あ、ああ……用はそれだけだ。じゃあな」


 でも、これくらい――今の私は感謝している。

 感謝し足りないくらいだ。

 

「うん、本当に……ありがとうね……」

「なんだ……泣いてんのか?」

「泣いてないよ、別に」

 

 確かに声がきけると思うと嬉しくて、ちょっと涙ぐんでいた。

 誤魔化すようにスマホを置く。

 

「じゃあ、ありがとうね!」

 そして亮くんを追い出すように、背中をぐいぐいと押す。

 さっさと電話をかけたいから、ここにいられては困るのだ。

 

「お前な……俺に、勝手に触るなよ!」


 そうやって急に振り返るものだから、亮くんの横をすり抜け、私は思い切り壁へと激突する。


「いたた……」

「お、おい。大丈夫か……?」


 思わずかがみこみ、痛くなった頭をさすった。

 すると亮くんは目の前にしゃがみこむと、私の顔を覗き込んできた。


「う、ん。大丈夫……痛っ」


 すると亮くんは私の手を掴むと、頭をそっと撫でてきた。

 

「……本当か?」

 

 黒曜石の煌めく瞳が間近でじっと見つめてきたので、思わず私は後ろへと下がろうとする。

 その少し小さく呟き、心配するかのような声音はほのかな色気すら感じる。

 これまでは威圧的な低い声か、不機嫌そうな声ばかりだったので、私は少し戸惑いを隠せない。

 慌ててさらに下がろうとすると、再び壁に激突した。

 ゴン、という壮絶な音と共に悶絶し、うめき声をあげてしまう。

 

 思わず頭を押さえ、さすがになにやっているんだろう、と再び泣きそうになっていると、ふわり、と私の鼻に花のような香りが届く。

 顔を上げると、亮くんが片膝をついて私の髪を撫でる。

 

「……たんこぶはできてなさそうだな……? 俺、あんまり誰かに触れられるのは好きじゃないんだ。だから触るなよ」

 

 ぶつぶつ言いながら、私の髪の毛を撫で続けている。

 正しくはそれは後頭部で確かめているだけなのだろうが。

 

「あんまり痛いようなら、屋敷の中に医者がいるから診てもらうか?」

 

 屋敷の中に医者? 

さすがは矢継家、お金持ちのレベルが違う……。


 顔を上げると、亮くんは私の頭の後ろを覗き込んできた。直接、その低い声が私の耳に脳に響く。吐息まで、耳にかかっているけれども――……。


 先ほどまでとは違う――ツンとした態度からは考えられないほどの、心配する優し気な表情へと変わっていった。瞳が間近で重なり、その距離感に自分の体温がみるみるうちに、上がっていくのがわかる。

 

 そもそも亮くんは自分が今、私に対して何をしているかわかってるのだろうか。

 私が押して触れたさっきの事とは比にならぬほど、もっとあなたは私に対して凄いことをしているような気がするのだけれども……。


 でもそれを声を出せず、胸がバクバクと音を立てる。

 その鼓動が聴こえてしまいそうなほどの距離で。

 

 いや、違う違う。


 なんていうか、異性にこの距離でこんなことをされたら、誰でもそうなると思う。


 亮くんが好きとかどうとかじゃなくて。


 触るなと、さんざんいっておきながら、自分から私に触るのはいいのだろうか。

 心の中が、頭の中がフル回転で忙しく、そんなことをせいっぱい考える。

 どうしたものかとじっと動かずにいたら、今度はドアのノックなしで扉が開き誰かが部屋に入ってきた。

 

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