第11話 凪くんとの確執

 慣れない家での生活は大変だったけれども、それ以上に樹くんと話していて、少し楽しかった。少しだけ私に慣れてきたのか、たどたどしい言葉遣いではなくなってきたのも、嬉しい限りだ。 


 私は樹くんとその場で別れ、部屋へと戻ろうと歩き出す。

 長い廊下に差し掛かって、ゆっくりと歩いていると、それは起こった。


 急に真横から出てきた大きな手に口をふさがれ、影に引きずり込まれる。

 勢いよく壁に押され、本がバサバサと肩や足に当たり落ちる中、何が起こったかわからぬままに目を見開くと――目の前には凪くんがいた。

 

「邪魔だねえ、君」


 不機嫌をあらわにした口調で、さっきまでの嘘くさい笑顔ではない――本当に不愉快そうな濁った笑みを浮かべる。


「君たちに植物園で会ってから、俺の彼女がずっと不機嫌でさ。困ったもんだよ、せっかく気持ちよくデートしてたのに」

 

 あの美人さんのことだろう。


 凪くんは、ひょうひょうとした態度でつかめない人、というさっきまでのイメージが、すべて吹き飛んだ。その手で私の口をふさいだままだったので、物言わず私は凪くんの手を両手でしっかりとつかみ、睨んだ。

 

「なんだよ、その態度は。別に君に興味がないからどうでもいいや、と思っていたけど――昨日から、本当にイライラさせてくるね。俺の彼女にも、俺のやることにもえらそうに口を出さないでくれる?」

 

 思わず腹が立った私は、勢いよく凪くんの手を振り払う。


「嫌です。さっきの件で、私はまだ納得がいってません。植物たちをあんな風にぞんざいに引きちぎるような態度は、あり得ませんし」


「はあ?花や植物ごときでなにを、ぶつぶつといってるんだ?」


「わからないなら、わからないでけっこうです。でも、あの場所で大切に育ててる樹くんの気持ちを考えてあげて」

 

「――へえ?」

 

 面白いものを見つけた、という態度で凪くんは私の髪を少し掬う。

 

「最初は亮かと思ったら……なんだ、樹なの? 樹とくっつくならくっつくで、俺としては大歓迎。それなら、二度と俺に関わらないでくれる?」


「それはありません。……あり得ません」

 

「あり得ない? 君ごときが亮も樹も気に入らないって? ああ、ほんと――君は俺を腹立たせる天才だね」


 凪くんは、氷のように冷たい視線を私に浴びせてきた。

 

「……失礼します」


 凪くんの様子が怖くなって、言い捨てるようにその場から去っていった。

 ここまで、壮絶に意見が合わなければ、もう凪くんと修復不可能なのかもしれない。

 

 でも、それでいいのかも。

 最初から、私たちにそんな関係性は微塵もなかったのだから。


 慌てて出た廊下で、樹くんにばったりと会った。


「あ……、愛梨ちゃん?」

 

 ちらりと横目で樹くんを見やると、樹くんは私に対して何か言いたげだった。声をかけたいけれども、それ以上はかけれないといった様子で。


 でも、私もいっぱいいっぱいで、そこに気をかけていられなかった。


「ごめん、いまは、ちょっと」


 ――とても泣きそうだ。


 だから、誰にも会いたくない。

 誰にも、顔を見せたくない。


 嫌われても構わないと思っていたけれども、それが誰であろうとも嫌われるのが、こんなに心苦しいものだとは思わなかった。


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