第10話 樹くん②

 誰かと思うと、そこには凪くんと他の人影――よくみるとそれは女性で、2人で並んで立っていた。

 

「凪兄、またここでデートしてたのか……」

 樹くんは、私の横で呆れたようにつぶやいた。


「また、ってことは恒例なの?」

「うん、僕が手入れしてると、たまに来るんだ。でも僕はあんまり、凪兄の彼女たちが、好きじゃない」


 彼女”たち”で苦笑いをせずにはいられなかったが、心痛の面持ちの樹くんを私は見上げた。


 といっても、なんで嫌いなんだろう?

 そこを聞いても大丈夫なのだろうか?


 私の心の声が聞こえたように樹くんはしっかりと私の瞳を見返し、口を開いた。


「彼女たちはキレイっていって、ここの花を次々とむしり取っていくし、とにかくどこにでも気にせず踏んでいっちゃって……」


 なるほど言動から察するに、やっぱり、ここの管理人は樹くんだったのか。

 そうこういっているうちに、その2人はこちらへと向かってきた。

 

「おやおや、君たちもデートだったの?」

 わざとらしい口調で、凪くんは私たちを見やる。


「別に、デートじゃないし……」

 

 その少しだけ声を落とした短いトーンに、私はチラリと視線を樹くんにやる。

 ただでさえ、私と一緒に居たくなさそうだったのに加えて凪くんにこんな風にからかわれてしまい、再び申し訳ない気持ちになる。

 

 「違うの?」


 凪くんの横のスレンダーかつナイスボディーな美人さんは、そういって私を一瞥すると不敵な笑みを浮かべた。……負けは認めるけれども、なんだか悔しい……。

 

 「違います」


 手短に返したが、私の返事はどちらでもよさげといった感じだ。

 美人さんはそのまま、あの強い香りの花に近寄った。

 

「ねえ、これ見て」


 そしてその手のひらに桃色の花をまるごと包み込むと、思い切り引きちぎり髪につける。ぱらぱら、と花びらが衝撃でいくつか地面に落ちた。


「え――……!」


 その暴挙に信じられず、私が思わず声をあげてしまった。

 

「ねえ、凪。どうかな、似合ってる?」


 美人さんは凪くんの首へ手を回し、頬にキスをした。そして、じっくりと凪くんを眺める。悪びれもせず。


 だから、樹くんはあんなに厭な顔をしていたのだ。

 一生懸命育てた花を、そんな扱いでちぎられて。

 散った花びらと葉っぱが足元に落ち、美人さんはそれを構わず踏みにじった。

 

 ――ひどすぎる。


 樹くんは黙って、目をそらしたままだ。

 文句をいえないのかもしれない、樹くんは女子が苦手、っていっていたし。

 凪くんの手前もあるし……でも、私もまるで自分がやられたかのように――胸が刺さるようにとても痛む。

 

「あの! 花をちぎらないでください」

 

 ようやく口からでた強い私の言葉に、美人さんは柳眉を逆立てた。


「なあに?あなた、私に文句あるの?」

 

 凪くんは慌てた様子で、私と美人さんの間に立つ。

 

「大丈夫、気にしないで。その花は君に似合っていて、とっても素敵だよ。でも君の顔の方がすごく綺麗だから。さ、もう行こうか」

 

 そういって笑うと私を見てチッと舌打ちをしながら、美人さんの腕をとった。


「じゃあ、ね。樹とその婚約者候補さん? お互い、楽しもうね」


 わざといっているのだろう。


 こちらに向かって美人さんに見えぬよう”あっかんべー”をしながら去っていくと、その場には花びらと葉っぱだけが散らばっていた。

 悲しくなり、落ちた葉っぱたちをかき集める。


「……うん、わかった、樹くんの気持ち。私も、あの美人さん苦手かも」

 

 これでは、もうこないで欲しいと思うのも無理はない。


「愛理ちゃん、いわせてごめん。でも、ありがとう……」

「ううん、いいの。それにしても、それなら……なんで凪くんはここにわざわざ連れてくるんだろうね?」


「たぶん、街にでちゃうと他の彼女と鉢合わせて修羅場になるからだと思う。この敷地内なら、それは無いし」

「そういうことで!?」


 まさか、彼女が多いから、という返答が返ってくるとは思わなかった。

 本当に、彼女が何人いるんだろう……。

 

 呆れたため息を漏らしながら、私は桃色の花びらをそっと手に取った。 

「……あの、愛理ちゃん。じゃあ、ひととおり案内終わったからこれでいいかな?」

「そっか、そうだったね。ごめんね、気を使った上に時間までも使わせちゃって。ありがとう。ところで、海くん……なにか、手伝おうか?」

 

「手伝う?」 

「植物園、手入れしてるんでしょう?さっき自分でそういってたじゃない」

 

 するとじっと海くんは私を想定外だといわんばかりの表情で見つめる。


「う、うん。でも今日はいいよ。また今度、手伝ってもらうかも。あんまり慣れてないから、お互いに気を使っちゃうし。ああ、でも僕たちの誰かを婚約者選ばないと君が……困る、のか……。もう少し、一緒にいたほうがいいのかな」


 そっか、そんなことを気にしていたんだ。

 海くんは、とてもとても――優しいのか。

 

「そういうことじゃなくて。どっちかというと海くんと友達、になりたいかな。私は、最初から自分でなんとかするつもりもあったし。それに、卒業までいくらか時間もあるんだし、私にはお父さんもいるし、他にも何か他の借金を返す方法が見つかるかもしれないし?だから、そのことは無理して考えなくても……」


私の言葉に、海くんの目が潤む。


「そう、なんだ。友達……それなら、いいかな。その……純粋に、君の力になれなくて、ゴメン」

 

 海くんの涙を持っていたタオルハンカチで優しく拭く。

 すると海くんは、グシグシと泣きながら、私の方へとやっと向いた。

 

「大丈夫、気にしないで。ほんとうに。むしろ、ずっと気を遣わせちゃって、ゴメンねっていいたいのは私の方」

「……ありがとう。愛理ちゃん……優しいね」

 

「ふふ、そんなことないよ。本当に、気にしないで」

 

 なんとか心配させまいと、海くんに向かって私は頑張って笑顔を作る。そして、そのまま手を振って、その場で別れた。

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