第5話 矢継家への来訪

 口を塞がれ目隠しをして――そして、私は連れ去られてしまった。

 どこに行くのか、わからぬままに。


 震える肩を抑えながら車から降りる。

 目隠しを外され、ついた先は豪邸だった。とても大きな敷地内を、その広い手入れをされた美しい庭園をひたすら歩く。途中で咲いていた花をみる余裕すらない。

 

 どうしてこんなところに、と意味がわからず、ただ私は戸惑いを隠せず、黙って歩いた。

 

「無礼を働き失礼しました。複数で押しかけて、脅すように……というのは、会長の指示です。それに、なんとしてでも、あなたをお連れしなければならなかったので。事情は別途会長よりご説明いただけるそうです。では愛理さま、参りましょう」

 

「会長?」

「お会いになればよいかと」


 私の問いかけに、スーツの人は頷いた。

さきほどの威圧感がふいに失われ、今度は丁重に扱うような素振りさえみせる。

打って変わったその態度にやや混乱をしつつも、私はスーツの人に連れられた。


そして、ひどく豪勢な扉をあけた先にいた人物は――


「矢継、くん?」


 私は思わず声をかけた。

 

「矢継くん、どうしてここに……」

「ようやくきたのか? 学校では言い忘れたけど――俺は、お前のせいで転校させられたんだよ」

「え? 待って、私のせいで転校? どういうこと……」


 そもそも、私は父の借金の話でここへ連れてこられたのだと思うのだが。

 意味が分からぬ展開だったが、ひとまず知り合いがいるのは心強い。私は心細さを誤魔化すように矢継くんの横へと移動した。

 

「ワシが事情を説明しよう」


 すると奥の部屋の扉が開けられ、その中央に、和装の上質そうな羽織を着たおじいちゃんが立っていた。優しそうな、そのおじいちゃんは、じっくりと何かを懐かしむような顔で私を見てきた。

 

「ワシは、矢継源蔵。矢継グループの会長じゃ。よろしく頼むの?」

「よろしくお願いします……」


 私はできるだけうやうやしく、頭を下げる。


 なるほどやはり矢継くんは矢継グループの御曹司で間違いなかった。

 でも私をここに連れてきたのは?

 どういうことだろう、と考える間もなく、そのおじいちゃんは話を続けた。

 

「さて、混乱しておるじゃろうから、早速本題に入ろう。お嬢ちゃんのお父さんの5000万の借金は、肩代わりしたぞ。このワシがの」

 

 おじいちゃんは、はっきりとそういった。

 

「つまり、お前さんたち家族が今後、借金返済する相手はワシじゃ。そして、条件によっては、その借金をチャラにしてもよい」

「えっ!?」


 その言葉に、思わず私は声をあげる。

 

「実は、ワシは春代さん――君のおばあちゃんにあたる人が、ワシの初恋の人だったんじゃ。ああ、春代さんは、とても美しくて優しくて、たおやかな美人じゃった。けれども、春代さんはワシの熱烈な求婚にも目もくれず――海外にいっている間に、早々に他の男性と結婚してしまったのじゃ……」


 おじいさんは、そして私に向かって――よろよろと歩いてきた。


「あ、あの?」

「――は、春、代さん」


 嗚咽をもらしながら、おじいさんはとどめることなく涙を流していて、どうにも居た堪れなくなった私は制服のポケットから恐る恐るハンカチを差し出した。


「どうぞ……大丈夫ですか?」

「ああ、なんと優しい。ありがとう……やはり、いまでも美しいな、春代さん……」

 

 そう叫ばれながら、目の前でがくんと崩れ落ちるように膝をつかれてしまった。

 

「いえ、私は春代……おばあちゃんじゃありませんが……それで、条件、とは……?」


 やがて、落ち着いてきた矢継のおじいちゃんは、そのハンカチで涙を拭う。

 

「ああ、……そう、そうじゃった。そういうわけで、せめて、お嬢ちゃんがワシの孫と結婚してくれないだろうか」


「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る