第4話 お父さんと借金取り

「ただいま」

 

 転校生の矢継君に早々に――「お前だけは好きにならない」と告白を受けた。

 あれを告白、というのかもわからないけど。

 

 意味もわからず、隣の席になった矢継くんに嫌われているし、そもそも私のことを知っていたような雰囲気だった。嫌われた私に対する、クラスメイトの好奇の視線。


 それが重なって、家に帰るころには随分と私はぐったりとしていた。

 

 なんとか徒労で足をひきずるように自宅の扉を開けた私に、お父さんが「愛理!」と叫ぶような声をかけてきた。


 そういえば朝に話があるといわれたんだった。私は思い出し、「どうしたの」と靴を脱ぎながら声をかける。そこで、いつもと家の様子が違うことに気が付いた。


 玄関に多数の黒い皮靴が置かれていたのがとても気になった。 

 玄関に置ききれず、それが廊下まで続いている。

 その数ざっと10……それ以上……来客、だろうか?


 そのまま靴を脱ぎ捨てリビングへと滑り込む。 


「おかえり、愛理ぃいいぃ!……ゴメン!ゴメンよ!」 

「え、お父さん……どうしたの?」


 突然、お父さんが足元にしがみつくように泣きついてきた。なにより、お父さんは朝にみたときより、ずっと憔悴しょうすいしている。


「それがその……」


お父さんの視線の先にいたのは、黒と黒ばかりの――スーツの人。

 

 ――異質だ。

 

 それが、リビングに何人もいた。ひしめく狭いリビングに何人も。

 スーツの人たちは、私をいっせいに見てきたので、思わず恐怖でたじろいだ。

 

「ごめんよ、愛理。お父さん、借金を抱えて……それで、それでこれから、ちょっと家を出ていかなきゃいけないんだ……」

 

 借金、の不穏なキーワードに私はさらに震えた。

  

「えっ、なんで、借金? っていうか、どこに!?」

 

 そもそも借金すること、なんてあったっけ?社長や自営業ではないし、普通のサラリーマンのお父さんが借金するなんて考えられない。

 じゃあ、他にはなんて……うちは、父子家庭で、母は私を生んで――すぐに亡くなってしまった。そして、祖父母はもう他界している。


 頼れる親戚もいない。

 つまりは、頼られる親戚すらもいないということだ。

 どうして、と私が声を上げる前に、お父さんが口を開いた。

 

「父さんな、親友の保証人として……以前サインしていたんだ。でも少し前にその親友が、逃げて5000万を……返済期限は今日で」


 言葉はそこまでだった。

 お父さんは、その直後黒服の男性に捕まって、和室の奥の方へと連れていかれる。

 

「お父さん!」


 私の悲鳴がリビングに響く。

 追いかけようとした私に、黒いスーツの人たちが立ちふさがった。

 唾をゴクリと呑み、私は両手を祈るように出して、懇願した。

 

「お父さんは、私のたった一人の家族なんです。だから、私も……アルバイトをして、返します……だから……お父さんを離してください」

 

 無理なお願いだとはわかってる。

 なにより、私の問いかけにも威圧的で、張り詰めたこの空気が重い。


 でも――今はとにかく、お父さんがとにかく心配だ。

 家事もうまくなくて、ちょっとドジだけど……一生懸命育ててくれたお父さん。

 親一人で育て上げるのは、とても大変だったろうに、いつも優しかったお父さん。

 だからこそ、優しさゆえに借金を肩代わりしてしまったのかもしれないけれども。

 

 私の言葉に、ひと際背丈が大きなスーツの男性は見下ろすように私の前に立つと、口を開いた。

 

「あなたが、すぐに返せる金額ではないですよね。高校生ですし。ただ――」

 

 そして、私の肩が掴まれる。

 

「佐々木愛理さん。私たちはあなたを連れてこい、といわれています。逃げられないのは――わかっていますね?」

 

 ひと際低い声がリビングに浸透して、今までで一番の恐怖が襲う。

 だが、逃げる間も、叫ぶ間もなかった。

 口を塞がれ目隠しをして――そして、私は連れ去られてしまった。

 

 どこに行くのか、わからぬままに。

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