第2話 お隣の席の矢継くん?

「愛理!」

 

 私の真横の席にいる春香ちゃんが嬉しそうに黄色い声をあげて抱きしめてきた。

 

「ど、どうしたの?」


 春香ちゃんは茶色がかったボブスタイルで、とても美人な顔立ち。目の下に1つ小さなホクロがあり、それがなおさら色香漂う妖艶さを際立たせている。彼女はクラスメイトの男の子に、いやクラス外でもモテているのだ。明るくて、おしゃべりが大好きな彼女だからこそ、それは納得だ。


 そういう私は……うん、まあ親友ともいえる春香ちゃんが可愛いから、別にモテなくても幸せかな、なんて達観たっかんした気持ちすらある。

 

 そんな素敵な彼女の顔を眺めていたら、いちだんとキラキラと目を輝かせていた。

 

「今日ね、私たちのクラスに転校生がくるらしいのよ。それも……すごいイケメンの!」

 

 やはり、そういう話は早い。


 ひそひそと小声で話したつもりらしいが、まったく小声になっていないけれども。

だだ漏れのタレコミ情報に苦笑いするしかなかったが、その件の転校生は――もしかしてさっきの男の子たちだろうか。


 そうこうしているうちに教室のドアが開けられ、入ってきたのは先生と先程の――あのクールにみえて、かつ廊下で目が合った、さっきの静かな雰囲気の男の子だった。


 入ってきた瞬間、教室の空気が変わった。


 それはそうだろう、差し込む太陽光がその黒い髪を照らし、凛とした姿勢で歩く。教室を後ろまでしっかりと見渡す切れ長の瞳は、まるで黒曜石のようにキラリと輝いて見える。


 顔立ちも綺麗と格好良いをほどよく織り交ぜた男の子だ。一部の女子はそれだけで感嘆の声とため息を漏らすほど――その醸しだす雰囲気に息を呑んだ。

 

 そして、早々に開始されたホームルーム。

 

「今日から転入してきた矢継やつぎ亮くんだ」

 

 担任の先生に簡潔手短に紹介され、皆がざわついた。

 

――矢継、といえば矢継グループ。

 

 経済関連にニュースにうとい私でも知っている。日本でも有数の大企業外資グループ会社だとか。 まさか、その御曹司なんてことは……?

 

 でも、矢継なんて他に知らないし、見るからになんだか育ちがよさそうな感じの男の子だ。

 

「きゃあ、カッコいいね」


 春香ちゃんは声を潜めているつもりらしいが、やはり周りの皆に聞こえている。

というか、女子はみな全力で頷いている。うん、まあイケメン、――いや美男子と呼んだほうがいいかな?


 すらりと立つその姿は、とても背筋がピンとしていて――、仕草は美しさすら感じられる。それが御曹司だったら、みんな騒ぐよね……そりゃあ。


 心躍らせる女子勢と彼の登場に肩を落とす男子勢が対比しているかのようだ。

 

 席につくように指示され、そこで私はやっと気が付いた。


 私の横の席が空いている――……?


 というか、あれ、私の横の席は山中くんだったはずなのに……?


 いつの間にか山中くんは反対側の廊下側の席へと移動していた。

不審に思い、山中くんをチラリとみると、とても不満そうな表情を浮かべていた。

やがて山中くんと目が合って、私は慌てて目をそらしてしまう。


 変だ、どうしてだろう………?

 

 違和感を覚えつつ、私は目の前の席の春香ちゃんに声をかけた。

 

「ねえ、春香ちゃん。なんで山中くんが移動したの? いつから?」

 

「わかんない。今日の朝に来たら、もう席が移動されてたよ。でもさ、イケメンな山中くんに続いて、今度は同じくな矢継くんが隣の席だなんて、愛理ちゃんって……ちょっとラッキーすぎじゃない?いいなぁ」


「うーん?すごい偶然ではあるけれど」

 

 少し離れた先に移動した山中くんも、確かに転校生くんと同様、顔立ちはとても整っていてかなりモテていた。ただ、日直の時だけしかほとんど会話をしたことがなくて、私は少し女子との距離感が近い山中くんを苦手に思ってしまう。


 いや、そんなことをいったら失礼かな?


 私は男の子と話をすることそのものに、単純に慣れていないだけかもしれないから。

 

 だから、今回の転校生――矢継くんも、そうだった。


 次の休み時間に強運すぎだよ、席をかわってよーと、春香ちゃん含む女子たちにからかわれて思わず苦笑いをする。その休み時間の間中、矢継くんは男子に対しては時折笑顔をみせていた。笑うとやや可愛らしくすら見え、自分に向けられてもいないのにドキドキしてしまう子が続出だった。だが、女子に対しては話しかけられても全くニコリともしないし、そもそも女の子と話したがらない。

 

――女の子が苦手なのだろうか。

 それはそれで、なんだか異性が苦手、という点での親近感がわいてしまう。

 

 休み時間にチラリと横目で矢継君をみると、ようやく視線に動じたのか、矢継くんも私を見た。


 いや、どちらかといえば――睨んで、きたのだ。

 

 その恨みつらみの謎な視線を私は受け止める。


 うん、あんまし、この男の子とは――……なんだか相性がよくないかも。

これなら、終始静かで穏やかな山中くんの方がまだよかったかもしれない。

私はこの転校生と今後関わらないようにしようかな。ひとまず最低限の挨拶だけすませようと、そっと口を開く。

 

「あの、矢継くん。よろしくね、私、佐々木愛理です」

「やっぱり……お前が愛理か」


 ――呼び捨て?


 しかも、やっぱり、って?

 私はどういうことかわからず、心の中でツッコミながら耳を疑う。

 

「矢継くん、私の事、知ってるの?」

「ああ。お前に……後でちょっと話がある」

 

 ギロリとにらまれ、私がかけられたその言葉に、クラスのみんなは悲鳴をあげる。


 ――主に、女子が。

 

「ここは屋上とかあるのか?あったら、そこで――」


 再び教室に響き渡る悲鳴。


「……えーと、屋上に行きたいんですか?」

 

 屋上で話、といえば我が校での知る人ぞ知る”告白スポット”なのだ。

 私は話がある、の部分を完全にスルーした。

 無論、それは聞き間違いだという念を込めて。


 もしくは、私に――よくわからないが、隣になった縁として学校の案内役を頼みたい、のだろうかとそう考えた。しかもピンポイントに屋上で。


 これは、かなり無理があるが――

 ひとまず、そう思うことにした。

  

「そもそも――俺は、お前に、用があるんだ!」

 

しかし、それすら叶わず容赦ない一言を放たれる。 

そして矢継くんは、苛つきながら私を指差してきた。

 

「なんで? 今あったばかりでどうして、何の用が」

「屋上で用件は伝える」

 

 焦る私に対し、つっけんどんに、そういわれてしまった。

その言葉に春香ちゃんは口に手を当てて、ぶるぶると震えた。

 

「ま、まさか……愛理ちゃんを……? すでに、一目惚れ的な感じで……?」


  春香ちゃんのその言葉にざわつく教室内。

 でもなぜか、春香ちゃんは嬉しそうだ。彼女の困ったクセの一つ。

 

 日頃から”少女漫画の展開が好き”と豪語している彼女。

 春香ちゃんからしたら、『イケメン転校生から一目ぼれ』なんて――ご馳走に近いシチュエーションなのかもしれない。


 それが事実ならだけど。


 でもイラつくようにトントンと机を指で叩き、黙り込む矢継くんを見ていると――。


 少なくとも、刺すような視線とこの剣幕で、『一目ぼれされた上に告白』は、まず有り得ないと思うけど――……?

 

 そして、やってきた放課後で。

 

 事件(?)は、そうして、起こった。

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