第11話 旅立ちの日に
住み慣れた村を旅立つ前に、家の片付けや掃除、ご近所付き合いがあった家への挨拶回りをしてきたここ二日。
フォルスとニュイは遂に旅立つ日を迎えた。
「元気でなフォル坊。ニュイ嬢ちゃん。二人の行き先に幸あらんことを」
ほんの二、三日。
ニュイが村にやってきて経過した時間だが、狭い村であるが故にその存在はすでに知られている。
あくまでフォルスに助けられて村にやってきた客人として迎えられたが、ニュイの千年蓄えた知識からなるコミュニケーション能力でもって、フォルスの心配をよそにニュイはいつの間にか村長や村民たちと仲良くなっていた。
それ故に、旅立ちの朝は村人総出で二人を見送るという盛大なものになった。
そんな村人たちの中から、荷物を入れたバックパックを担いだ二人に向かって健康を願ったり、旅の安全を願ったり、再会を願う言葉が送られる。
「フォルス。ニュイちゃんと仲が良いのは結構だが、人の多い街の中では胸を触ったりしないようにな」
「違うから! アレは俺から触ったんじゃないから!」
知り合いのおっさんに言われ、顔を赤くして憤慨するフォルス。
そんなフォルスを見て村人たちは苦笑する。
しかし、それもまたフォルスの旅立ちの日をしんみりさせないため。
その思惑が理解出来たので、フォルスもため息を吐いたあと苦笑すると「じゃあ、行ってきます」と見知った村人たちに手を振ってニュイと村を出た。
天気は旅立つには良い晴天。
風は涼しくて、近くの森から鳥のさえずりが聞こえてくる。
「寂しいか?」
「まあ。みんなとはずっと一緒だったからな。寂しくないって言うと嘘になる」
「マスターは素直だな」
「意固地になって強がったって何にもならないからなあ」
振り返り、村の方を見ると、まだ村長や村人が何人か門の前に立っていた。
そんな彼らに手を振って、フォルスは森の中に続く道を進んでいく。
ニュイと出会った滝の洞窟がある川とは逆方向の道。
その道は近隣の町へと続く道だ。
「ふう。そろそろ良いかな?」
そう言って、ニュイは深呼吸すると全身から粒子を放出。
以前フォルスの目の前で馬に変身した時と同様に、元の機械の竜へとその姿を変えた。
「なんだよ。せっかく可愛い女の子と旅できると思ったのに」
「まあそう言うなマスター。元がコレなんでな。少女の姿はいささか窮屈なのだ。すまんな」
「別に謝んなくてもいいよ。今のは俺の我儘なんだから」
森の中の林道をゆっくり歩くフォルスとニュイ。
隣を歩いて笑みを浮かべたフォルスの肩辺りに顔を近づけるとニュイは鼻先を擦り付けた。
「どうした?」
「荷物を持とう、私の異層空間に収納すれば軽装で旅ができるぞ?」
「そりゃあ願ってもないな。実際重かったし助かる」
フォルスが下ろした荷物を咥え、その荷物を粒子で包む。
するとバックパックはその場から消えて無くなってしまった。
「取り出せるよな?」
「無論だ。入り用の時は言ってくれ」
そんなやり取りをしながら、
この辺りはまだ狩や山菜の採取で訪れたことがある場所だ。
見慣れた景色のはずなのだが、前世の記憶と知識を得たフォルスには新鮮な光景に思えた。
木々の間から差し込む日光が光の柱になり、風で擦れあう葉の音が耳をくすぐる。
「空気が美味えなあ」
「ほう? マスターは空気の味が分かるのか?」
「お前分かって言ってるだろ」
「ふふふ。まあ昔、創造主も言っていたからな。とはいえ私はこの世界の空気しか知らん。味の違いは分からないんだ」
「あ〜。排気ガスとか無いもんなあ」
「この世界では再現が難しい物らしいな。火から出る煙や火山ガスとも違うという知識はある」
「車とかバイクとか無いし。船も魔法で動いてるらしいしなあ」
他愛ない会話だが、現在のフォルスにとってはニュイとの会話が一番の楽しみだった。
前世の記憶の話ができる唯一の存在だからというのもあるが、ニュイとの会話はなんとも言えない心地よさがあったのだ。
しかし、そんな心地よさは、道のすぐ側で薮が音を立てたことで消え去る。
「魔物だマスター。矮小だが、どうする?」
「あれって」
薮の中から道に飛び出したのは黄緑色をした半透明のゼリー状の体を持つ魔物。
ゲームなどでは序盤に戦う雑魚キャラとして有名なスライムと呼ばれる種族だった。
「スライムじゃん! 久しぶりに見たな。記憶が戻ってからは初めてか。ちゃんと目はあるんだなあ、この世界のスライム」
「アレは目じゃない。一つは魔石、もう一つはスライムの心臓部である核。その二つが並んでいるから目のように見えるんだ」
「そうなのか。目なんだと思ってた。でもなんか、こっち見てない?」
「スライムはそのゼリー状の体で空気の震えを感じて音を聞き周辺の状況を確認する。人間で例えるなら耳で見ているということになるな」
「俺でも勝てるかな?」
「剣や槍、武器を持っているなら可能だろうが。今拾おうとしている木の棒で挑むつもりならやめるべきだな。スライム種は打撃には耐性がある。もし絡みつかれれば掴むことは難しく、顔に覆い被さられたなら死ぬぞ?」
「ゲームのようには、いかないってことか」
ニュイの説明を聞き、冷や汗を滲ませるフォルス。
そんな彼を見かねたわけではなかったが、ニュイはフォルスの前に光の粒子を収束させるとある物を作り出してみせた。
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